※訂正
1:45 の字幕にあります「センテニアルロック北壁」は正しくは「センチネルロック北壁」です。
4:48 のロストアロースパイヤーの伝説の中で「酋長」を「しゅちょう」と発音していますが、正しくは「しゅうちょう」です。
こちらで訂正させていただきます。
19:45 24トンと言っていますが正しくは2.4トンです。
アウトドアブランドのヒストリーと銘品について徹底解説していきます。
今回は【Black Diamond】です。
https://www.lostarrow.co.jp/blackdiamond/
クライマーの、クライマーによる、クライマーの為のブランドとして世界的な信頼を獲得しているメーカーです。
今回はその成り立ちを見ていくうえで欠かせない前身メーカーの歩みから見ていきます。
1953年、アメリカで14歳でクライミングを始めたイヴォン・シュイナードが1957年、クライミング道具の製作を始めます。
当時クライミングに使用されていたピトン、くさびは欧州から輸入された軟鉄製のもので1度きりの使用しか想定していませんでした。
イヴォンは草刈り機の刃からクロムモリブデン鋼製ピトンを作り出し、ヨセミテのロスト・アロー・チムニーやセンチネルロック北壁で使用。これは薄くて丈夫な為軟鉄製のものと違い抜き取って繰り返し使用することができました。1958年より販売を始めます。
これらが初めての製品、アングルピトンとロストアローピトンです。
実はこのロストアローという製品は1947年に、ロストアロースパイヤーの初登攀者であるジョン・サラテというクライマーが登攀時に自ら製作した製造したピトン、ロストアローの形状を受け継いでおり、その名称も譲り受け発展的に継承したものです。
「ロスト・アロー」とは「折れた矢」という訳になりますが、このヨセミテのロストアロースパイヤーにはアメリカインディアンのいくつかの伝説があるといいます。(以下坂下直枝氏が40年程前現地のクライマーより言い伝えられたもの)
「昔ある日、強いインディアンの若者が遠い獲物に向けて放った矢の行方が分からなくなったが、何百年もあとに、ロストアロースパイヤーが出現した」
「昔ある若者が、獲物のカモシカを追って、ロストアローに登っていく途中足に重傷を負い、降りることができなくなってしまった。その若者の恋人の酋長の娘は勇敢にも一人でロストアローに登り、自分の髪を切ってロープを編んでその若者を下ろした。」
クライミングのメッカでありながら、同時に原住民にとっては神聖な場所であったことがよく感じられるエピソードです。
ピトンのシェアが伸びるにつれて1965年、イヴォンはトム・フロストと共同で「シュイナード・イクイップメント」の経営を開始。1966年にカリフォルニア州ベンチュラに作業場を構えます。
同年、世界で最も普及したビッグウォールハンマーとして現在も製造され続けている「ヨセミテハンマー」を発売します。
シンプルながら打力のあるハンマーは大きく形状を変えることなくラインナップされ続けています。
1971年、ピトンの代替品としてアルミ製のくさび「ヘキセントリック」を開発。
当時大きなシェアを誇っていたピトンに替わるものをあえて開発した背景には、環境の問題がありました。
翌1972年のシュイナード・イクイップメント初のカタログで「クリーン・クライミング」が提唱されます。
アメリカ国内でのクライミングの人気が高まるにつれ、人気ルートではピトンの打ち込みと回収時に岩の形が損なわれていった為、岩を保護して後世のクライマーや人々に岩を残していこうと訴えました。
既に1970年代にはクライミング道具市場でトップのシェアを獲得していたシュイナード社ですが、新たに衣料品とバックパックなどの販売、製造を始めます。これが後にパタゴニアのブランド名で独立したブランドとなっていきます。
1979年、日本の登山家、クライマーである坂下直枝氏がイヴォン・シュイナード著の「Climbing Ice]の翻訳に関わり、山と渓谷社から「アイスクライミング」として出版されます。
この中でイヴォンと交流した坂下氏は1981年夏に渡米しワイオミング州のティトン国立公園エリアに住むシュイナード家に1か月滞在し、イヴォンとクライミング。その後、カリフォルニアのシュイナードイクイップメントで1か月働きながらアメリカ人クライマーたちとクライミングを楽しみました。
翌1982年夏、世界で初めてK2の北稜から登攀に成功した後、イヴォンに招かれ再び渡米。その折、氏から日本代理店の設立を勧められ、受諾し日本代理店シュイナード・ジャパンが設立されました。
当初シュイナード社の製品のみを扱っていましたが、1983年、ボリエール、ベア―ル、グラミチなど多くのブランドの代理店となり、取扱い商品が次々広がる中、当時シュイナード社副社長だった、クリス・マクデイヴィッド氏から社名を変えたほうが良いとアドバイスをもらいます。
坂下氏は前述のクライミングやピトンの歴史、そしてインディアンのいくつかのロマンティックな伝説を由来として1984年に社名を「ロストアロー」へ変更します。
今日ではブラックダイヤモンドをはじめとしてスカルパ、オスプレー、スマートウールなど多くのメーカーを取り扱う代理店となっています。
同1984年にはシュイナード社はバックカントリースキー用品の製造を開始。このジャンルでも著名なメーカーとなっていきます。
1986年、「ボッドハーネス」を発売。四半世紀を経た現在も製造されているベストセラーです。
アイゼンをはいたまま装着/脱が可能でシンプル、軽量、リーズナブルな価格。軽量版のアルパインボッドも併せ、ロングベストセラーとなりました。
腰のパッドにはパタゴニアのフリースジャケット(シンチラ)の生地を使い非常に肌触りが良かったのも特徴です。
名前の由来は当時シュイナード社が新たに採用した若いデザイナーでノルウエーのクライマー、ロブ・ジョンソン氏のあだ名「Bod」からきているそうです。
1980年代後半より、シュイナード社はクライミング用品をクライミング以外の用途で使用したことによる事故や、クライミングの初心者講習会で道具の使用方法を誤ったうえでの事故の訴訟を受けます。
1989年に一度シュイナード・イクイップメントを解散し、従業員達が新たにユタ州ソルトレークシティーで「ブラック・ダイヤモンド」を設立します。
この新たな名前の由来は、クライミングハードウェアを象徴するブラックスミス(鍛冶屋)のブラックと、シュイナード・イクイップメント社のシンボルマークだったダイヤモンドを合わせたものでした。
実際、旧いブラックダイヤモンド社のロゴマークにはシュイナード社のCの部分がダイヤモンド型で縁取られているのが分かります。
名前を変えてからもクライマーファーストのブランドポリシーは変わらず、1995年、世界初のクライミング用ワイヤーゲートカラビナ「ホットワイヤー」を発売します。
ゲート部分をステンレスのスプリングワイヤーとすることでゲートオープン間隔が大幅に広がりました。
従来のゲートは複数パーツによって構成されていて、冬期の使用で凍ることがありますが、ワイヤーゲートには雪や水が侵入する部分が無く、凍りついたとしても容易に氷を取り除くことが可能です。
強度
クローズドゲート=24kN
オープンゲート=8kN
マイナーアクシス=8kN
ゲートオープニング 27mm
重量 40g(実測値)
2011年、プローブのアイディアを活かした、超コンパクトなトレッキングポール「Zポール」を開発します。
今回ご用意したのは「ディスタンスFLZ」です。
プローブのシステムを発展させたスライドロック機構を採用し、ワンタッチで固定と解除が可能でした。
バックカントリー用品で培った技術を、登山やトレイルの分野に応用した傑作です。
重量
105~125cm=445g(1ペア)
サイズ
105~125(36)cm ( )内は収納時
長きにわたってギアメーカーとして歩んできたブラックダイヤモンド社ですが、2013年の秋冬シーズンより本格的アウトドアウェアの展開をスタートし、現在はウェアとギアを共に扱うアウトドアブランドとして進化を続けています。
ブランド名が変わっても、クライマーのクライマーによるクライマーの為のブランドである根幹の部分は変わることなく、これからもクライミングやバックカントリー、登山のシーンで最も信頼できるブランドであるでしょう。
情報提供、引用
株式会社ロストアロー
https://www.lostarrow.co.jp/index.html
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【WEST ホームページ】https://www.west-shop.co.jp/
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【アウトドアヒストリーvol.5】ブラックダイヤモンドってどんなブランド?【歴史と由来/逸品・銘品/企業概要を紹介】
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