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00:00 OP
01:25 死:無常無我
08:07 殺生(原罪)
11:57 父と母から生まれた(縁)
14:17 本日の宿題
今回は、人生において考えるべき真実、というテーマでお話しします。
このテーマを考え続けた方がいいよ、というやつです。
禅問答の問いみたいなもので、頭の隅に置いておいて、マインドフルネスをする時など暇な時に、このテーマについて考えてもらうといいのかな。
パーソナリティファンクション、IQが高まることだと思うので、頭に入れておいて欲しいなと思います。
人生で考えるべき真実というか、知るべき真実というか、幸福になるための技法、嘘臭いね、そういうことを言うと。
ストレートなテーマにすると、人生において考えるべき真実です。
◾️死:無常無我
度々僕は色々な言葉を使ったり、色々な場面で言うんですけど、一つ重要なのは、まず死です、僕らが知らなければいけないことは。
僕らは生まれて最後死ぬ、と。
これは当たり前のように見えて、案外当たり前じゃない。
みんな忘れてるんだよね、死ぬということ。
よく思います。
死にたいと言う患者さんもいるんだけど、放っておいてもそのうち寿命が来て死ぬわけで。
これをみんな忘れてる。
死ぬ、自殺したい、死にたい、どこかへ行きたい、苦しい、幸福になりたい、と言うんだけど、結局遅かれ早かれみんな死ぬんですよ。
無常無我ですから。
自分がこうなんだと思っているものはいつか無くなる。
無常ですから。
そしてそれは自分自身もそうで、自分なんて変わっていくし、5年後に同じことは考えてないし、そして自分自身も、そもそもそんなものがあるかどうかさえわからないというか、私だと思っているものを私が苦しいと思っているものというのが、本当にそれがあるのかどうかよくわからなかったりします。
究極的には脳内で起きている変化でしかないんです、苦しいと感じていることは。
もう現代社会において餓死なんかしないから、基本的には。
脳内で起きている信号の一つでしかないんだ、社会の中では私の苦しみというのは、私の中のごく一部でしかないんだという感覚を掴むと、結構解放されるんです、楽になるんですけど。
そういうものです。
死があると。
死んだあとは無でもある。
ここの不安と恐怖と、でも一方で安心感と。
この感じというのがつかめるといいのかなと思います。
後でも話しますけど、よく言うのは、この死がある、だからこそ今を幸せに生きよう、だからこそ人のために生きるべきなんだみたいな意味付けをしてしまう人が多いんですけど、意味付けは考え続けることの放棄でもあるので、基本的には意味付けせずに、その瞬間はそういう意味、自分はこうなんだと思うかもしれないけれども、無常ですから、無常無我、無常ですから、また次の瞬間は変わるかもしれない。
苦しくなったら別の風に意味付けをするかもしれないので。
過度な意味付けはせず抱え続けてもらうと面白いテーマかなと思います。
意味付けはしちゃいけないんですよ、やはり。
それは僕ら治療者側は必ず意味付けをしてはいけない、意味付けをしない方がベターなんです。
というのはなぜかというと、結局、未知の問題があった時に、エビデンスやサイエンスでわかること、教科書に書かれているものについては、こうした方がいいよという助言ができるんですけど、書かれていないものについては、個人の主観になってしまう。
個人の主観というものは間違いを含んでいる可能性があるわけです。
基本的には意味付けというよりは、エビデンスやサイエンスの中に何かあるのか、この人の問い、患者さんが抱えている問いは、このエビデンスやサイエンスの中で語られていることがあるのかということを検証する。
その次に、その問いを論理的かつ倫理的に整理しなおしてみる。
その結果、論理的かつ倫理的に整理した結果、ほぼこれが正しいだろうというものが出てくることも多いので、それについて検討する。
だけれども、そうじゃない場合もあるんです。
いわゆるトロッコ問題みたいなときもある、と。
離婚問題、離婚をする、離婚したら私たちの喧嘩は減るかもしれない。
だけど子どもの養育費の問題がある。
離婚しなければお金の問題は安心かもしれない。
喧嘩が続き、うつは治らない、とか。
じゃあ子ども優先するの?
大人を優先させるの?
でも本当にじゃあ離婚しなかったら100%子どものためになるの?
お金は満たされるけど喧嘩をする姿を子どもに見せ続けた方が良くないんじゃないの?
こういうディスカッションになる訳です。
ここまでくるとどちらかを選ぶしかないんだす。
運なんですよ。
どっちが正しいか後になってわかることもあるし、わからないときもあります。
でもこれは選ばざるを得ない状況というのは人生にある。
じゃあ精神科医はどうするべきかというと、これはトロッコ問題だね、どっちにもメリット、デメリットがあるよね、ということを言うしかないんだよね。
どっちがいいよって言ったら主観を押し付けることになるので、そういうことはしません、と。
トロッコ問題では扱いきれないほど論理的な問いがあまりにも無限に重なっている、無限に近く感じる、人間の脳では扱えないほどの問いが無数にあり、そしてその問いが相互に関係している場合は、トロッコ問題のように整理できないので、その場合はロールモデルや美徳を提示するということはよくあります。
こういうのが正しいんじゃないの?とか。
ロールモデルや美徳については基本的には何が正しいのかというと、自分たちは日本語というOSが頭の中にインストールされているので、日本語や日本の文化の中で正しいといわれるロールモデルや美徳を体現する方が自分の精神にもいいし、そして周囲の人も認めてくれやすいです。
例えば謙虚である、我慢強い、それが本当に正しいのかどうかは、よくわからないと言えばわからないですよ。
色々研究したらわかるのかもしれないけど、本当の意味ではよくわからないんですけど。
でもまあ長い間で言われてるからやっといた方が、おそらく証明はしにくいし、予算の関係でまだエビデンスにはなってないけれども、多分正しいことは結構あるので、ロールモデル通りにやった方が楽ですね、人生。
そういうのがあるんですけど、こういうことを提示するだけであって、意味付けは基本的にしないです。
ロールモデルを提案するというのは意味付けのような感じがしますけど、基本的にはあまりしないということなんです。
無常無我を考えてみてください。
死ですね、自分の死。
◾️殺生(原罪)
次は殺生ですね。
結局僕らというのは誰かの命を奪わないければ生きていけないという、動物の命を奪わなければ、僕らは餓死しちゃう、そういう原罪のようなものがあるんですよね、幅広い意味でいう原罪。
僕らは動物の命を奪わないと生きていけないんですけど、もう一方で人に迷惑をかけないと生きていけないというのもあります、同じような意味で。
そして精神科医もそういうのがあります。
患者さんを治すための薬が副作用を生む、傷つけないと治せない、そういうのもあります。
例えば入院管理する、本人の希望に沿わないこともする、というのもあるだろうし、究極的には安楽死を認めないというのも、精神科医の原罪というか、医師の原罪というか、あります。
個人としての安楽死を認めない。
それは結局、社会の安定性のためには彼らの意思を踏みにじる必要があるということです。
統合失調症の人全員が暴れまわるわけじゃないけど、自傷、他害の可能性があるわけじゃないかもしれないけど、自傷、他害をするわけではないんだけれども、その可能性が高い場合は強制入院になる、措置入院になる。
それは社会の平和のために治安の問題として国家が定めているわけで、この国家が定めているものに対して加担している僕ら精神科医には、やはり原罪があるというか、精神科医であること自体にある種の罪というものがあるというのはあります。
原罪はあるんだよね、本当に。
生きてるだけで問題を起こしてしまうというものがある。
それは殺生の問題も一緒なんだよと、いうことです。
ここら辺をじゃあヴィーガンになりますとかそういう潔癖の話ではなくて、この自分の弱みというか汚さというか、暴力性をどう受け入れるのか、どう許すのかというのも一つのテーマかなと思います。
これは誰かを許せばいい、神に許してもらえばいい、そういう単純な話ではないですけど、そういう話だけでもないなとはいつも思います。
でもこれを忘れてるのよね、みんな、一番の問題は。
これと一緒ですね、自分はいつか死ぬということを忘れて、老いるということを忘れて生きている。
体調悪かったりした時に、体調が悪い時になんで治らないんだろう、誰々のせいなんじゃないか、調子が悪いんじゃないか、益田の処方が悪いんじゃないかとかじゃなくて、死に向かっているからだということです。
でも生き続ける。
なんで迷惑かけられるんだ、なんでこうなんだ、社会はどうなんだ、これはひどいじゃないか、と言うかもしれないけど、それはそもそも僕らは酷いもんなんだよね。
忘れてる。
★動画の文字起こしはこちらのnoteに【全文掲載】されています。
https://note.com/wasemenblog
(文字起こし自体がない動画もあります)
人生において考えるべき真実
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