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00:00 OP
02:06 日本の程よい距離感
06:40 自分の心の変化
09:49 発達障害は台湾で認知度が低い、私が考えたその理由
13:31 家族、周りの人間は全員優秀すぎる
15:54 ビザの制限を無くしても不安感が消えない
19:25 社会人として完璧すぎる旦那、それに比べて社会人失格な私
21:14 CAの夢が諦めきれず、台湾と日本からの、それぞれの壁
本日はお手紙を読みます。
早速行きます。
台湾出身の方からお手紙をもらったので、それを読んで、皆さんと情報というか、メンタルヘルスのことを一緒に考えたいなと思います。
皆さん、初めまして。
突然失礼します。先生のYouTubeの視聴者です。
3年ほど前ADHDと診断され、仕事で悩むことが多く益田先生のクリニックで受診も考えましたが、いつも予約がいっぱいで・・・。
そんな中、先生のチャンネルにたどり着きました。
早稲田や高田馬場は中国系の方が多いので、もしかしたら普通に検索でクリニックのHPを見つけたのかもしれないですね。
先日紹介されていた『海外からのお手紙 from タヒチ』から、海外の話を募集中とのことで、メールさせていただきました。
私は現在日本在住ですが、バリバリ台湾で産まれ育った外国人です。
留学、就職、日本人と結婚し、かれこれ日本で10年ほど暮らしています。
今まで5年ほどプライベートジェットの仕事をしてきましたが、コロナがきっかけで転職し現在は普通のIT企業でOLしています。
外国人目線から見た日本、の感想になりますが、今まで人生のちょうど1/3を日本、2/3を海外(母国以外にも、幼少期の夏休みはアメリカの親戚の家で過ごしたりしていました)にいた自分にとって日本の居心地のいいところ、悪いところをシェアさせてください。
◾️日本の程よい距離感
MBTIの中では典型的なINFPとよく言われます。
MBTIとは性格を16個に分けるやつですね。
INFPというのは「仲介者」と呼ばれる人達です。
別で調べたもので読みましょうか。
「静かそうに見えますが、心の中は情熱で溢れ、活き活きとした人達です、と。
独創的かつ想像力豊かなので、色々な空想をしながら様々な会話やストーリーを作り上げることが好きなタイプでしょう。
繊細な気質の持ち主として知られていて、音楽、芸術、自然、そして周りの人たちに対して深く感情的に反応する人達です。」
と書いていましたね、調べてみたら。
共感力があって、自分の内的な探求を楽しみというか生き甲斐にして、芸術的な才能があって、そして使命感を追い求める人たちみたいです。
世界に対して使命感を追い求める。
目的意識があって、理想主義な人たちということです。
そういう人たちのようです、仲介者の人たちというのは。
最近僕もMBTIをやってみたら、僕はINTJ(建築家)かINTP(論理学者)みたいな感じでした。
建築家みたいな形で書かれてました。
一人で何かやることが多くて、気難しい理想主義者みたいな感じで書かれてまして。
気難しいではないですけど、理解され難い人たちと書かれてましたけど。
確かにそうかなって気がしました。
前まではもうちょっと外向的だったんですけど、数年前にやった時に外向的で最初Eからスタートしてたんですけど、最近 I の方に変わってきてます。
何か不思議ですね。
性格って変わりますけど。
私はINFPとよく言われます。
母国にいたときに親友といえる友達が多い方ですが、大人数で騒ぐのは昔からすぐ疲れて得意な方ではないです。
わかります。
僕もメンタル系YouTuberの会でイベントをしますけど、やはり苦手だなと最近思って。
前は僕が引っ張らなければと思って無理をしていたんですけど、あんまり自分がやるとリズムが狂うし、不快というわけじゃないけど、下手なので、大人しくしてる方がいいな、自分らしくいた方がいいなということがわかって、最近は松崎先生に任せています。
あと、台湾人特有なツメツメの距離感が苦手で、日本に移住したい理由の一つでもあります。
昔は父に毎週末のように祖父母の家に行かせられたり、従姉妹も毎週末のようにうちに来たり、勝手にクローゼットを漁ったり、好きな服を私に言わずに持って帰ります。
ちょっと読みにくいですね、ここは。
知ってる人ならまだしも、全く知らない他人でも嫌な構い方をされたりします。
思春期なんか背中にニキビができて、温泉行っただけで知らないおばさんに指摘されたりしていました。
とても嫌でした。
世界から見て冷たいと言われるかもしれない日本人が作ったこの人と人の距離感、私は好きです。(特に東京)
INFPの私は、母国ではどちらかといえば内向的な人と思われるが、日本に来るとすぐ知らない人と打ち解けるところがあり周りの人にびっくりされます。
国によって性格への評価、見方も変わるなと感じました。
◾️自分の心の変化
この十年間、自分の心の変化は多分大きく2回ありました。
最初は、「とくかく外国人とバレないよう振る舞う」と頑張りました。
来日まで大学では日本語専攻だったので、最初から言語の壁はあまりなかったです。
かつどちらかといえば「日本人のようなおとなしい性格」とよく言われ、同じ留学生のグループ内でもよく「一番日本人っぽい」と言われました(今思えば「日本人っぽい」のは褒め言葉かな?と思いますが)
その後日本で社会人(当初は小売業)デビューし、同期には日本人と外国人両方がいる中、「外国人らしさ」を残せば仕事上許されることがあったり、日本人のお客様に対しても逆に日本人同士のように気を遣わず済むし、会話も弾み売上に繋がると気づきました。
最初の「とくかく日本人に近づくよう頑張る」のスタンスと多少ブレる時期でした。それが1回目の変化でした。
そして約3年ほど前、副業で台湾人グループとして日本の地域創生の取り組みに関わる機会がありました。
そこで、テレビ局のインタビュー受けたり地域の人々と密にコミュニケーションをとる必要があったのですが、そのときの仕事で日本語力が評価されカメラの前で語ることも多かったです。
また何年ぶりに「一番日本人っぽい」と言われることになりました。
仕事として評価されることが嬉しい反面、毎日仕事後グループ内でみんなプライベートのことを話したり、日本に移住してきた者同士の話もしました。
そこで気づいたのが、私から見て「自分にはない外国人らしさが残った人の方が、日本生活が楽しそう」ということでした。
後にその因果関係を理解するまでまた数年経ちますが、当時の自分にはショックな出来ことでした。
そのときから現在に至る、私がもう一度その日本人っぽさを意識的に手離すようになりました。
それが2回目の変化でした。
3回目は、あるのでしょうか。
ないことを願います。
変化を作ろうとするたびに自分のアイデンティティが動揺し、心が穏やかではなかったです。
アイデンティティが変わるのは苦しいんですけど。
苦しいですね、疲れますよね、世界観というか、モデルを変えなければいけないので。
疲れるんですけど、これも人生の楽しみというか、理解が深まるということで、楽しみだと思ってもらうといいのかもしれないですけどね。
◾️発達障害は台湾で認知度が低い、私が考えたその理由
28歳で結婚し、29歳でコロナ禍で当時働いていた航空会社で人間関係が悪化し、受診に至りました。そして見事にADHDと診断されました。
正直驚かなかったです。
衝動性、物忘れが多いなどの症状はありませんが、単純作業ほどミスが起きることが多く、そして物事に対する興味関心の差がとにかく激しいです。
興味のないことは聞いても、理解できてもそれ以上応用できず、ある程度覚えたらそれ以上もう伸ばせないです。
そしてその興味のないことと触れ合う時間をできるだけ最低限にしたくて自分が考えたやり方でやろうとする。
大声を出す人が極度な苦手で、すぐ萎縮するせいか、もともとできたことでもなにもできなくなり、当時のパワハラ上司との関係が悪くなり、それを機に転職しました。
当時診断してくれた先生の説明を聞くと、すぐ現実を受け入れ、納得した理由は多分子供の頃からすでにその特徴はあったからだと思います。
というのも、小学高学年までは、常にクラスで一位で、音楽や美術のコンテストでもよく賞をとりました。
今思えば授業中は常に教科書の下に関連知識の本をこっそり置いて読んでいました。
先生も知っていましたが、台湾は日本より学歴社会なので誰も私に怒ったりしませんでした。
どうせ一位なんですから。
生意気で、理不尽なことをさせられたら先生とでも議論してしまうような子でした。
そして、実は大人数グループでの行動が苦手な私が、優秀と思われるせいか、ほかのクラスの子は常に親に一番成績のいい子と友達になりなさいと言われたそうです。
大人数のグループ行動が苦手な私ですが、他のクラスの子は親から成績がいい子と仲良くなりなさいと言われいてたので仲良くしてくれた、ということですね。
そのため幼少期では勉強でも人間関係でも苦労しませんでした。
確実にクラスで「変な子」なのに、それなりにうまくいっていて、今日本にいる私が思い出すと不思議な感じでした。
それも、日本は他の国より発達検査の人数が目立つという理由ではないでしょうか。
この社会は基本優秀でも変質者は普通に接してくれません。
私のような仕事上で初めてとてつもなく挫折するような人が、自分も発達障害じゃないかと疑って診断に至ったケースはきっと少なくないと思います。
★動画の文字起こしはこちらのnoteに【全文掲載】されています。
https://note.com/wasemenblog
(文字起こし自体がない動画もあります)
台湾出身の方からお手紙|アイデンティティの変化
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