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00:00 OP
01:55 世阿弥
09:58 マインドフルネスを学ぶ
本日は「世阿弥からマインドフルネスを学ぼう」というテーマで動画を撮ろうと思います。
世阿弥というのはどういう人かというと「能」ですね。日本の伝統芸能である「能」を完成させた人なんです。
この人の思想から、マインドフルネス、いわゆる座禅ですね。座禅を組んで瞑想する。そして瞑想することで、自分のストレスとかうつをケアしていくという、これはマインドフルネスという技法なんですけれども、この人の思想からマインドフルネスを学んでもらおうということです。
難しいですね、難しいです。
毎週金曜日は宗教、哲学、思想を取り上げているんですよね。
精神医学というのは科学なんですけれども、やはりその背景にはカルチャーがあるんですね。
カルチャーというのはこういう色々なものからきているんですよ。
過去の哲学とか人文学からきているので、そのエッセンスを取り出してマインドフルネスになっているんだけれども、マインドフルネスだけ押さえるとどうしても理解が難しかったりするので、背景も一緒に理解してもらえると理解が深まるし、応用が効くんじゃないかなと思っています。
毎週金曜日はこんなことをやっているという感じです。
■世阿弥
世阿弥の父親は「観阿弥」という人なんですよ。
観阿弥の息子が世阿弥です。
観阿弥世阿弥は、一座という形で「猿楽」を各地域で興行していた人たちなんですよね。
旅人だったんですよ。旅の芸人だったんですね。
旅の芸人は身分が低かった人たちなんじゃないかと言われています。
各地を回っていくんですね。どこでやるかと言うと、昔はお寺や神社でやっていたんですよ。
お寺や神社というのは宗教的な場所でもあるんだけど、エンタメの場所だったんですね。だからそういうところに行って舞をやっていた。
興行でもあるので、エンタメ的な要素も必要だったんですよね。
手品っぽいこともしたり、そういうのもやってたんです。
後は祈祷ですね。祈祷的な要素も含まれていた。
だからエンタメでもあり、神事だから宗教的な儀式でもあり、手品的なワクワクドキドキの要素でもあったんですよね。
観阿弥世阿弥の時代というのは「猿楽」とか呼ばれたりとか、「田楽」と呼ばれるものだったり。田楽というのは田植えの時にお祈りして踊ったりしてたやつですよね。
それがもうちょっと洗練されたものだったり、色々なものがあったわけです。
色々な一座があって戦い合ってたんですよね。どこが一番優れてるのか。
そういう中で、観阿弥の座が贔屓されていたという背景があります。
12歳の頃ですね、世阿弥はめちゃくちゃ美少年だったらしいんですね。
美少年かつ賢かったみたいなんですよ。
当時は舞ができるだけじゃなくて、貴族の人たちと、観客を楽しませるだけじゃなくて、その後の飲み会的なところでも活躍しなきゃいけないんですよね。
スポンサーの人を喜ばせなきゃいけない。
この世阿弥くんはめちゃくちゃイケメンだったし、和歌を詠むのもうまかったし、蹴鞠をするのも得意だった。だから重宝された。足利義満、当時の将軍様にも愛されるんですよ。
足利義満は美少年が好きだったみたいですね。そういうところで世阿弥くんはめちゃくちゃ愛される。
時の将軍から寵愛を受けて金銭的な援助を受ける。
金銭的な援助を受けることで、座は力を持つんですね。
良い楽器を取り入れたり色々な人を雇ったりとかして、他の旅の芸人たちよりもワンステージ上の方に行けたという感じです。
この当時、足利義満もただただ可愛い男の子だとか、楽しいから贔屓してやろうとかではなくて、政治不安というのもあったんですよ。
政治不安があって権威がなかったんですね。室町幕府というのは。
平安時代があって、鎌倉時代があって、室町時代と続くんですけれども、室町時代はちょっと印象薄いじゃないですか。結構政治的混乱も多かったみたいですね。
中央集権があまりうまくいかなかった時代でもあるみたいです。
一応将軍なんだけども、権威とか権力は弱かったんですね。貴族に対抗する必要があったんですよ。
鎌倉幕府は鎌倉にあったんだけども、室町幕府は京都にありますからね。
京都にあったので、京都の貴族とも張り合わなきゃいけなかったんです。
京都の貴族たちは和歌を詠んだり色々なことをやってる中で、武家出身の自分たちが貴族たちに張り合う、貴族たちに尊敬される文化や権威を持つ必要があったんです。
そういう中でこの世阿弥を重宝することで、「能」というものを贔屓にすることで、張り合おうとしたという背景もあったようですね。
世阿弥のお父さん観阿弥は、世阿弥が22歳のときに亡くなるんですね。
22歳のときに一座のトップに立ちます。
世阿弥は貴族たちにも気に入られなきゃいけないし、ワンステージ上のものを作ろうとして、いろんな勉強したりします。
昔からある日本の文化や和歌も学び、伊勢物語、源氏物語などを学び、それを能の世界に持ってくる。
台本を書いて演劇を作ったということのようです。
37歳の時に、風姿花伝を執筆開始します。
37歳の時に自分の子供に技術、父から教わったこととか、自分が学んだことを伝えるための本を書き始めるという感じです。
同時に、この時は義満が亡くなって義持の時代に変わるんですね。
義満よりも審美眼があったみたいですね。だから結構厳しいことも言われたらしいんですよ。
お前のところより他のところの方がいいんじゃないみたいなことを言われたので、結構頑張って勉強した。ライバルの良いところを学んでいったということがあるみたいです。
この時代は時宗なんですよ。時宗の影響が強い。
時宗というのは「踊り念仏」。それの影響を受ける。
だから田舎っぽいんですよね。田舎の人でもわかるように踊りながら念仏を唱えたんです。
踊りながら念仏を理解してもらったというのが時宗の教えなんですけれど、時宗の色が濃かったんですね。
だけどここからもっと洗練されたもの、都会に合うように禅の要素を取り入れていく、禅の要素が色濃くなっていったようですね。
60歳の時には義教の時代になってくる。
世代交代すると、おやじが愛したものとか、親の世代が好きだったものを否定したくなるわけですよ、みんなね。そういうもんじゃないですか。
だから弾圧するんですね。
権力を持ち始めていたのかな。とにかく弾圧するんですよね。
その時に自分の息子に引き継いで出家するんですよね。出家して曹洞禅、曹洞宗のお坊さんになります。
お坊さんになった後も修行しながら舞ったりしていたらしいですね。
72歳の時には佐渡へ流刑になります。誤解も解けて81歳の時に戻ってくるんですけども、81歳で亡くなったと言われています。
一世を風靡して、でも最後の方は弾圧されて亡くなっていく。
寂しい思いをしながら死んでいくというのが世阿弥の人生のようです。
こういう人です。天才ですね、この人は。
この人からマインドフルネスを学ぼうということです。
■マインドフルネスを学ぶ
芸事に集中していくとはどういうことか。
そこには自我というものがあってはいけないんですよね。
この当時のエンタメとか芸事というのは、背景に宗教的な要素もあったりするし、哲学的な要素もあるし、そして政治的なものでもあるし、教科書でもあるんですよね。倫理的な教科書でもあったりする。
武士たちに愛されるように体感的、体得的な知識というか美を目指したというのがあります。
だからそういうグっと入っていく感じが凄くマインドフルネス。
自分の弱さとか心の雑念を消していき、そこに打ち込んでいく、生に向き合っていく、人に感動を伝えるということに向き合っていくということなんですよね。
それはとてもマインドフルネスだなと思いますね。
それが禅の教えとも似ているし、日本の禅を高めた要素でもあるし、そしてこういうものが海外に行ってマインドフルネスとして理解され、日本に逆輸入されている。
世阿弥は生涯にわたる修行なんだということを言うんですね。
芸事というのは一生修行なんだよというわけですね。これが武士道とかにも繋がっていくわけですよ。
日本っぽいんですよね。
常に修行だよ、労働ではなく、仕事というのは修行なんですよね。
「何とか道」というわけですよ。
料理人だって料理道と言ったりしますよね。職人だって何とか道とか言うじゃないですか。
僕ら日本人はどこか仕事というのは貴賎を問わず修行し続けるもの、極めていくものという意識がありますよね。
それはここから来ている。こういう日本人的な美意識からきているんだと思います。
キリスト教で言うプロテスタントの教えとも似ているし、違うというか。
生涯ににわたる修行なんだと言います。
「離見の見」とか言ったりして、自分から見えるのではなく離れて自分を見なさい、離見の見を極めようとか。
修行して「諍識はなかれj」、慢心するなみたいなことを言ったりします。
「初心忘れるべからず」もこの人の言葉なんですよね。
聞いたことあるじゃないですか。初心はするべからず。
いつまでも若い時の気持ちを覚えておきなさいよみたいな意味で、初心忘れべからずと言います。
研修の時の思いとか医師になりたかった時の気持ちを思い出せということかもしれないですけども。
でも世阿弥が言った「初心忘るべからず」というのは、こういう意味じゃないんですよ。
「時々の初心」とか「老後の初心」と言うんですね。
30代なら30代の初心があるんだよ、老後には老後の初心があるんだよ、ということを言うわけです。
ライフステージに合わせてその段階その段階で初心に戻ってやらなきゃいけない、ということを言うわけです。
例えば、大学受験で東大に受かった、俺は賢い、じゃあ会社員になってもエリートだよね、みたいなことではないんだよね。
受験の時は成功したかもしれないけども、会社員、社会人になったらまた初心に戻って戦わなきゃいけないわけですよ。
大企業から転職しました。そしたら、転職先でまた初心にならなければいけないんですよね。
「転職前は俺めちゃくちゃ優秀な営業マンだから次も行ける」というわけではない。初心忘るべからず。
自分は子供の時、すごい真面目に親の言うことを聞いていた。学校の成績も良かった。だから親として子供を育てる時もうまいんだ、一流なんだ、それは違うんだよね。
親は親として初心ですから、親の初心忘るべからずと、そういうことを言った人です。
日本的な美しさ、貴族の美しさ、女性的な美、そういうものを「幽玄」と言ったりしましたね。
能は幽玄であるべきだということからスタートします。
だけど、幽玄だけじゃなくて「無心の芸」というのがあるんじゃないかということに行き、最後は「余情ある美」という形で、美しいだけじゃない「余情ある美」を追求していったのも世阿弥です。
概要欄続き
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#精神科医 #益田裕介 #オンライン自助会
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