漫画家の手塚治虫さんも泊まった文京区本郷の老舗旅館「朝陽館本家」が今月いっぱいで廃業することになりました。かつて旅館街として栄えた本郷地区では旅館が次々と消え、マンションが立ち並ぶ街へと変化しています。
本郷地区の一角にたたずむ朝陽館本家は1904年=明治37年ごろに創業した老舗旅館です。4代にわたって引き継がれてきた建物には、至る所に遊び心と工夫が凝らされています。「2つとして同じ部屋がない」と話し、旅館を案内してくれたのは4代目の種田守孝さんです。45室ある客室は引き戸から天井、床の間まで全て違う造りになっています。種田さんの父で3代目の守宏さんが関東大震災や東京大空襲を耐え抜いた建物を戦後、手に入る資材を集めながら改築してきました。4代目の守孝さんはその様子を「ものはいいけれど半端なサイズで使いにくいものを安く譲ってもらっては工夫してきた」と話します。
松竹梅の細工が施された窓やところどころ花模様になっている洗面所の足元に敷き詰められた石は、若い職人と3代目のちょっとした遊び心だといいます。地下には大きな石を積んで露天風呂のような気分が味わえる大浴場も造りました。
宿泊客の中には漫画家の手塚治虫さんが「缶詰め状態」で漫画を描いていたという「蘭の間」もあります。朝陽館の周りに出版社や印刷所があったことから、昭和30年代ごろ、手塚治虫さんが原稿を描く部屋として使い、20日ほど続けて泊まったこともあるということです。
創業100年を超える旅館の歴史に幕を下ろす理由を4代目の守孝さんは「長年付き合ってお願いしていた業者が高齢化や後継者がいないということで次々と廃業して、うちのメンテナンスがこの先難しいということが見えてきたのが一番大きな理由」だと話します。改築を重ねた建物はかつて工事を担当した業者しか直せない箇所が多く、数十年前と同じ資材を見つけて補修することも難しくなってきたといいます。また、「もう今やこの場所ではうち1軒になり、街の景色は変わっている」と話します。
東京大学がある本郷地区は、学生の下宿街から旅館が集まる街へと発展し、昭和のはじめにはおよそ120軒が並ぶ旅館街となりました。3代目の守宏さんは「(本郷地区は)温泉地と違い、旅館が点在していた。発展した理由は泊まる場所があったということと環境が良かったから。上野や東京が非常に近いので利用されたんじゃないかと思う」と、旅館街が修学旅行や観光の宿泊客を中心に栄えてきたと語りました。朝陽館の周りにも多くの旅館が営業していましたが、後継者不足や建物の老朽化などで次々と廃業し、現在、本郷地区に残っている旅館は5軒ほどになりました。守宏さんは「昔の形態の旅館というのはほとんど消えたんじゃないかと思います。寂しさはあります」と話し、守孝さんは「そういえばここに大きな旅館あったなと、ちょっとでも思い出してもらえるとありがたいなと思う」と話していました。
朝陽館は今月いっぱいで100年以上の歴史に幕を閉じます。跡地には高層マンションが建設される予定で、マンションの入り口には朝陽館の灯籠や石を生かすことも検討されているということです。
手塚治虫さんも宿泊 本郷の老舗旅館「朝陽館」廃業へ
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