柳桜さんは、2014年に亡くなった。「膵性糖尿病による多臓器不全のため自宅で死去」という記録を見つめると胸が締め付けられる思いがする。61歳。まだまだ若い。しかし柳桜さんが文字通り「命がけ」で高座に上がっている姿を追い続けた者としては、病気による倦怠感や激痛にさいなまれ続けた果ての最期に「本当にお疲れ様でした」と言いたくなる。
お洒落な人だった。普段の柳桜さんはジャケットの胸元にスカーフをあしらい、杖をつきながらも背筋を伸ばし、お気に入りの喫茶店で紅茶を楽しむような細身の紳士、かわいらしい軽自動車を運転し、高座に上がれば、まさに「軽妙」を画に描いたような語り口で、お客を魅了した。「難病で両足切断の落語家」として彼を知り、取材を始めた私たちだったが、ひとたびその話芸が始まると、そんなことは一切忘れて、お客の一人として笑わせていただいた。
文字通り「人を傷つけない笑い」を体現した名人だと思う。だがその芸風の陰で、柳桜さん、本名吉沢正雄さんは、想像を絶する痛みと孤独に耐えていた。そしてその姿をカメラの前で見せ、語ってくれた。
柳桜さんは一男をもうけた結婚生活にピリオドを打ち、以後はアパートでの一人暮らしを続けた。体調不良で嘔吐しながら洗面器を抱え一人過ごす夜が数多くあったという。高座や町の仲間に見せる飄々とした姿と対極にあるその「孤独」を語る時の彼の、影をたたえた表情を今も思い出す。
深くかがめば高く飛べる、という喩えがあるが、柳桜さんは自分をさいなむ痛みと孤独を、笑いを極める原動力としていたのか、晩年「不死身の落語家(はなしか)笑いがお薬」という本を出版された。病と闘いながら義足で語る落語家、頑張ってらっしゃる、気の毒な…、というような、ある種ステレオタイプの見られ方に複雑な表情を浮かべながら、敢えて自らを「不死身」と呼ぶことで、病に、世の中に、そして自分の人生に挑戦状を突きつけるような本だった。
バージャー病で立ち仕事が難しいなら、人なつっこさで「なつき」とあだ名される自分は噺家になろうと決意したように、若竹さながらのしなやかさで生きてきた人。人々に笑いを届け、ひとときの(あるいはもっと長い時間)幸せを味わわせた人。柳桜さんの取材を二年半取材させて戴いた中で、今もありありと思い出す情景がある。
地元の東京・西荻窪の商店街を自転車で走っていた柳桜さん。通りかかった店の前で幼い女の子が母親らしき女性の前で泣いている。ちょっと困ったような、泣き笑いのような表情で止まった柳桜さん、「お嬢ちゃんどうしたの?お母さんが一緒だから大丈夫だよ…」
などと何か声をかけるのかと思った。だが彼は、優しいまなざしを女の子に注ぎながらゆっくりと無言でその親子の前を通り過ぎた。
「これが柳桜さんという人なんだ」と思った。地元だから、テレビだからと「自分の場面を作ろう」とは決してしない。母親の前だからこそ思い切り泣ける幼い女の子、親子の絆があればこその二人の空間に無粋な立ち入り方はせず、控えめに通り過ぎる…。幼子の姿に離れて暮らすわが子を重ねたかも知れない。その後ろ姿を撮ってくれたカメラマンの仕事を本当に有り難いと思ったし、この場面で柳桜さん、そして吉沢正雄さんという存在に初めて追いつけた気がした。
柳桜さんが亡くなってしまった今、積み重ねてきた取材の場面を振り返って「あの時どう思っていたんですか」と訊いてみる機会はもうない。それだけに取材の一カット一カットで彼が見せてくれた姿、聞かせてくれた言葉をもう一度かみしめるしかない。
笑いと痛みと孤独と生きた人、春風亭柳桜さん、吉沢正雄さんに出会えたことを幸せに思う。そしてその柳桜さんと、もう語り合えないことを寂しく思う。
赤阪徳浩 報道特集ディレクター(取材当時)
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【難病で両足切断…ある落語家が遺した笑い】笑いと痛みと孤独…”不死身の落語家”春風亭柳桜さんが闘っていたもの (2005年1月 放送「報道特集」より)|TBS NEWS DIG
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