東日本大震災から10年。JNNでは「つなぐ、つながるプロジェクト」として、さまざまな番組が横断して、被災地の今をお伝えしています。宮城県南三陸町の防災対策庁舎では、職員ら43人が津波の犠牲となりました。この庁舎で父親を亡くした4歳の男の子は、中学2年生となり野球に打ち込んでいます。
2013年、宮城県南三陸町の防災対策庁舎で行われた慰霊祭。父親を亡くした男の子が参列していました。
「休みの時、野球やっていた」(遠藤優志君)
遠藤優志君この時7歳、父・進也さんは町の職員でした。2005年、情報番組の取材を受ける進也さんです。あの日、町内の高台にいた進也さんは、地震の後すぐ、防災対策庁舎に駆け付け、津波に遭い亡くなりました。
震災後は、母・純子さんの実家に身を寄せた優志君。高校球児だった進也さんの影響で、野球を始めました。
「パパに教えてもらった」(遠藤優志君・2014年)
旅行が好きだった進也さん。週末はいつも家族で出かけていました。
東日本大震災から10年。中学2年生になった遠藤優志君です。身長は進也さんと同じ178センチまで伸びました。チームのキャプテンを任されています。
Q.目標は?
「中総体の県大会に出て、ベスト4までいくこと」(遠藤優志君)
「周りに支えてもらいながら、何とか中学校まで成長してくれた」(母 純子さん)
野球をしている時、ふと思うことがあります。
「一緒にキャッチボールできたらな」(遠藤優志君)
父・進也さんを含め職員ら43人が津波の犠牲になった防災対策庁舎。これからは、震災の教訓を伝える場所になってほしいと考えています。
「悲しいですけど、最期まで頑張ったんだなと伝わってくる」(遠藤優志君)
将来の目標があります。
「お父さんが役場職員だったので、公務員、目指して頑張りたい」(遠藤優志君)
(10日10:15)
宮城・南三陸町 亡き父の思い胸に野球続ける少年【#あれから私は】
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