東日本大震災からまもなく10年。JNNでは「つなぐ、つながるプロジェクト」として、各番組・横断で被災地のいまをお伝えします。福島県では、震災の発生直後から消防士たちが、津波が襲った現場での救助や原発事故への対応など、前例のない活動に奔走しました。最前線で任務にあたった当時の隊員が“あの時”を振り返りました。
福島県の富岡消防署楢葉分署に勤務する笹田丞さん。震災当時、津波で被害を受けた浪江町で津波被害の救助にあたった職員のひとりです。自分の家族とは連絡がとれず、安否すらも分からない中、救助を続けた笹田さん。津波で流されそうになった男性を救助したことが一番記憶に残っているといいます。
「男性がぽつりと『こんな状況だったら俺も死んだほうがよかった。なんでこんな風になってしまったのかな』と、おぶっていた時に言われた。『とにかく命があって、よかったじゃないですか』と声をかけて救出した。10年たっても一番記憶に残っている」(当時浪江消防署に勤務 笹田丞さん)
実は震災から2週間前、笹田さんには待望の第一子となる女の子が生まれたばかりでした。
「家族に会いたいという気持ちはありますが、まずは地元の消防としてやるべきこと、果たさなければいけないことが目の前に見えていたので、そちらを優先した」(当時浪江消防署に勤務 笹田丞さん)
災害対応を終え、笹田さんと家族が一緒に暮らせるようになったのは震災から1年後でした。
「初めての子どもだったので、成長を見届けてあげたい部分が、どうしても見てあげられなかった」(当時浪江消防署に勤務 笹田丞さん)
双葉消防本部では、管内にある福島第一原発の事故への対応も求められました。遠藤朗生さんは自衛隊車両への給水の指示を受け、大熊町で活動中、3号機が爆発するのを目撃しました。
「ものすごい爆発音と、きのこ雲が上がって、大量の水蒸気らしきものが上がってきたのを、まさにこの場所で見た」(当時浪江消防署に勤務 遠藤朗生さん)
今度は4号機で火災が発生。現場近くの放射線量が高く、消防士になって初めて、「消火活動を行えずに戻る」経験をしました。
「消火をしないで帰ってくることがあり得ないことだったので、悔しいというか、やるべきだと思ったけど、線量を考えると消火しないという決断もありだったなと」(当時浪江消防署に勤務 遠藤朗生さん)
現在、富岡消防署の署長を務める遠藤さん。海に面し、原発を抱える双葉消防本部で壮絶な現場を経験しながらも、これからも地域を守りたいと考えています。
「廃炉までがまだまだ安全ではない、予断を許さないところもあるので、この地方で起きた災害には立ち向かって、この地域の安全を守っていきたい」(当時浪江消防署に勤務 遠藤朗生さん)
(2021年3月3日 08:02)
#東日本大震災 #震災10年 #福島県
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