岩手県では震災発生直後から学校新聞を作って仮設住宅などに配り、被災者を勇気づけた中学生たちがいました。創刊メンバーだった女性が今、教師となって子どもたちにその経験を伝えようと奮闘しています。
2011年3月。津波で甚大な被害を受けた岩手県大船渡市で、震災発生からわずか1週間後に発行された1枚の新聞があります。その名も「希望」。第一号には「声をかけてください!何でもやります」と大きな見出しが書かれ、被災した人たちへの温かいメッセージや、市内で行われた支援活動の様子などが掲載されています。
自分たちに何かできないかと考えた、大船渡市立第一中学校の生徒有志が始めた活動でした。そのメンバーの一人、高橋莉子さんです。
Qどんな気持ちでいつも書いていたの?この新聞。
「大船渡が、元気になって希望があふれるような町になってほしいなと思って書いた」(大船渡市立第一中学校2年〔当時〕高橋莉子さん)
希望新聞はグラウンドに立ち並んだ仮設住宅などに配られ、多くの人たちを勇気づける、まさに希望の光となりました。7年後、大学生になった高橋さんは、仮設住宅が撤去された母校のグラウンドを訪れました。
「私自身、教師を目指しているので、そういった教育の場などで、子どもたちに今自分ができることを考えて、直接行動に移すという力を身につけさせていきたいなっていう風に思っている」(高橋莉子さん)
さらに3年・・・
去年3月に大学を卒業した高橋さんは、仙台市内の小学校で夢だった教員の第一歩を踏み出しました。
「子どもたち一人ひとりに話を聞きつつ、一日を安全に帰してあげるという当たり前のことがすごく大変だなと感じている」(高橋莉子さん)
高橋さんは、希望新聞を通して学んだことや震災について、子どもたちに伝えたいと考えています。その成果の一つが担任する4年4組の壁に貼られたたくさんの新聞です。
「自分が思っていることとか、体験して感じたことを言葉で表現できるということは、表現の方法として、すごくいいと思う」(高橋莉子さん)
一方で、震災については、なかなか自分の言葉で伝えきれていません。
「小さい子たちは体験したことがないので、もちろんわからない。そういう子どもたちに、どういうふうに伝えたらいいのか。他人事じゃなくて自分のこととしてとらえられるようにするには、どういうふうにアプローチしたらいいのか今すごく悩んでいる」(高橋莉子さん)
担任する4年生は震災発生時、生まれているかいないかという年齢、つまり、震災を知らない子どもたちの境目となる世代です。彼らもまた、地域の「希望」となる存在。自らの経験を生かしながら、子どもたちに伝えるべきことを模索する高橋さんの日々が続きます。(01日11:38)
震災直後に学校新聞発行の中学生、教師となり経験伝える【#あれから私は】
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