長崎県中部、大村湾に面した川棚町の片島。今は陸地とつながるその小さな島に先の大戦中にも使われた魚雷発射試験場があった。現在も海に突き出した魚雷の発射場や、点検と調整が行われた「空気圧縮ポンプ所」が往時の面影を残している。
波が穏やかな湾と機密を保持しやすい島に日本海軍が試験場を建てたのは大正7年。佐世保で造られた魚雷が集められ、島の頂上の観測所から速度や航跡などを調べた。合格した魚雷が佐世保の海軍鎮守府に送られ実戦配備されたという。
近くに住む山口マツさん(92)は「発射試験の日は海に波しぶきが上がっているのが見えた」と戦時中を振り返る。住民は島に近づくことも話題にすることも許されなかった。試験が行われる日を示す赤い旗が湾に立つと、集落の漁船は航行を控えた。「何もかも秘密だった」と山口さん。島に初めて足を踏み入れたのは戦後だったという。
町は平成29年度、この遺構を見学しやすいように周辺を整備した。その後、映画などのロケ地として使われ、今やコスプレーヤーたちの撮影地としても人気だ。
観光に活用し知名度が上がることは戦争への理解につながる一方で、保存上のリスクも高まる。視察した専門家は補強の必要性を指摘したが、町は景観を維持するため手を加えずに保存していく道を検討している。
「何があっても戦争だけはしちゃいかん」と魚雷を製造していた元工員の田崎学さん(93)は語る。終戦の年、自分が造った部品を島に届けたという。
終戦から78年。当時のことを知る人は減り、限られた遺構は老朽化が進む。田崎さんは「戦争を知ってもらうのにここを残していくことは必要」と訴える。若い世代に戦争の記憶を伝える遺産をどれだけ残していけるか―。模索は続く。
(写真報道局 鴨川一也)
【探訪】「戦争の証し」を後世へ 魚雷発射試験場跡 (長崎)
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