西の空に浮かぶ月も、そろそろ沈もうかという夜明け前。千葉県旭市の飯岡漁港では、次々に沖へと出る船のエンジン音が、絶えず寄せる波音の中に消えていった。
発生から11年が経過した東日本大震災は、この旭市にも被害をもたらした。最大約7.6mに達した津波で関連死を含め14人が犠牲となり、2人が行方不明のままだ。
あの日、同市の水産加工会社代表、伊藤友門(ともかど)さん(37)は飯岡漁港から約11km離れた銚子の市場で揺れを感じ、急いで引き返した。目にしたのは、第1波の引き波で海底があらわになり、何隻もの船が横倒しになっている飯岡漁港の様子だった。
「来るぞ!」。誰かの叫び声が聞こえたのは、岸に係留しようと父親が操る船に乗り込んだときだ。
振り向くと、本来あるはずのない水平線が東の堤防の上に見えた。第2波が黒い塊となって押し寄せてきた。乗っていた船が、渦を巻く港内でかじを失い、洗濯機の中にほうり込まれたようにぐるぐると回り始めた。「死ぬかもしれない」と、半ば諦めかけた。
着岸できたのは第3波が去ったあと。ホッとしたのと同時に、恐怖心が襲ってきた。後日、漁港近くの広場に沈没し引き揚げられた30隻以上の船が、津波の大きさを物語っていた。
市では、津波に備えた新しい街づくりが進む。堤防のかさ上げや、津波避難タワーが完成。沿岸と内陸をつなぐ「津波避難道路」のうち1本も令和4年度中に完成する見通しだ。ゆとりを持って避難できるよう、歩道を片側2mと広く設計している。
「東北よりも被害は小さいかもしれないが、ここで起きたことも忘れないでほしい」と、伊藤さんは訴える。
何気ない光景にも、災害の記憶が隣り合わせになっている。「自分事」として受け止め、伝えていくことが、きっとそれを教訓に変えていく。 (写真報道局 川口良介)
月が照らす津波の記憶と教訓 千葉県旭市飯岡漁港
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