ミャンマーとつながる手段は手にしたスマートフォンだけ。奈良県生駒市で夫と暮らす三田メイさんは毎日、ミャンマーの最大都市、ヤンゴンにいる母親に電話をかける。画面をビデオに、声はスピーカーで。画面に映る母は今日もほほ笑み、「心配しないで」という。
メイさんは2年前、まだ民主政府のミャンマーで、この国の穏やかさと文化を愛し、何度も訪れていたカメラマンの三田崇博さんと結婚した。
日系企業で通訳をしていたメイさんが、SNSにアップされた崇博さんのミャンマーの写真にひかれ、連絡をとったのがはじまりだったという。
結婚するころには、日本と母国を行き来する予定だった。結婚後、日本に渡ったときは母親に「またすぐ会いに来るから」と言った。実際、2カ月後の帰りの航空券も予約。それを新型コロナウイルスの流行でキャンセルした際も、それほど心配していなかった。
ところが昨年2月、同国で軍部のクーデターが発生した。これまでに市民ら1400人以上が犠牲となったとされる。
家族が暮らすヤンゴンでも昨年12月、デモ隊に軍の車両が突入し死傷者が出た。実家にも20人ほどの兵士らが押しかけ、誰かをかくまっていないかと聞かれたという。
たった2年。自由に行き来していた母国は遠い。「いつか家族が巻き込まれるのでは」。電話をかけずにおれない。電波状況は悪く、何度も通信が途切れることが不安をあおる。
「ダイジョーブ」。5歳の姪が画面に顔をのぞかせ、メイさんに習って覚えた日本語を披露した。けなげなふるまいに、メイさんの表情が少し緩んだ。
クーデター後、日本に暮らすミャンマーの人々がデモで抗議の声を上げてきた。母国の家族を思い、将来を憂える人は多い。
昨年12月、岡山市内で行われたデモにミャンマーの若者ら約60人が集まった。「子供たちの未来を助けてください」。それぞれに軍部への抗議を示すサインの3本指をかかげた。
参加者の女性はミャンマーの古都、バゴーで4月に起きた武力弾圧で友人2人を失ったという。「未来のために自分たちが、今できることをしなければ」と話した。
活動の様子をスマートフォンで撮影し、SNSで発信。「ミャンマーの現状に関心を持ってほしい」と訴えた。そして、母国の仲間には「どうか、あきらめないで」とエールを送る。
母国に帰国できない「引き裂かれた家族」を多く作り出したミャンマーのクーデター。事態収束へ兆しも見えないまま、まもなく1年を迎える。
「母国は遠く」在日ミャンマー人は今
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