昭和39年10月1日午前6時、「ひかり1号」は東京駅19番ホームから発車した。戦前の「弾丸列車計画」から25年、着工から約5年半。夢の超特急新幹線0系の誕生は、東京オリンピック開会式の9日前のことだった。最高速度210キロは当時の世界一。先頭車両は流線形なのに団子っ鼻。すぐに国民の人気者になり、日本の高度経済成長期を突っ走った。現役の新幹線運転士、赤星一利さん(51)は、高校の修学旅行で初めて新幹線に乗り、「晴れ、雨、晴れと、車窓から見る天候が変わった」ことに驚いた。0系の運転台は、飛行機のコックピットのような新型車両と比べると操作盤が大きく、手動タイプが中心でなんともレトロ。赤星さんは「手加減が車両に直接伝わり、運転しやすい」と話す。飛行機と自動車の発達で欧米先進国では「鉄道に未来はない」と言われたが、0系の登場がこの常識を覆した。フランスのTGVやドイツのICEなどの高速鉄道が次々と登場。新幹線の技術はやがて台湾や中国にも渡った。これまで製造された0系車両は3216両。45年の大阪万博を契機に編成も16両に拡大された。 (写真報道局 奈須 稔)
【探訪】夢の超特急 初代新幹線 0系、近づく終着駅
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