73年前の昭和16年12月8日未明(現地時間7日朝)、米ハワイ・オアフ島の北約320キロに展開する日本の連合艦隊から、爆撃機や戦闘機約350機が発艦した。目標は真珠湾の基地と米太平洋艦隊。
2時間にわたる2波の攻撃で日本軍は多数の艦船や航空機のほか格納庫、滑走路などを破壊、対米戦争に突入した。
「青空の中、無数の飛行機が空を覆うように飛んできた。急旋回した翼の日の丸を見てパニックになった。パイロットと目も合ったが人は狙わなかった。日本は滑走路や艦船、航空機を徹底的に攻撃した」。
格納庫で攻撃に遭遇した飛行艇の乗員、ディック・ジラコさん(93)は鮮明に記憶している。 この攻撃による死者は、米兵ら2000人超とされる。ジラコさんは当時のまま残る格納庫などを利用した太平洋航空博物館で、戦争体験を語り継ぐボランティアに励む。
愛車は日本車だが、ナンバーは「パールハーバー・サバイバー(真珠湾の生存者)」だ。 一方、真珠湾の海底には日本の攻撃で大破炎上、沈没した戦艦アリゾナが眠る。
船体をまたいで建つ追悼施設「アリゾナ記念館」は真珠湾攻撃を象徴する施設になっている。 日系2世のエレーン・フナコシさん(81)は自宅の庭で日本軍機を目撃した。
「若い美男子のパイロットが手を振ったのを覚えています。開戦後、日系人は随分差別を受けました」と心境は複雑だ。真珠湾にあるヒッカム空軍基地のデビッド・ホンチュル大佐(51)は「司令部の建物には日本軍の弾痕もある。
毎年12月7日には攻撃で破れた星条旗を掲げ、若者に何があったか伝えている。戦時中のできごとの是非ではなく、事実の記憶を消さないことが大切だ」と強調した。
記憶の風景-戦後70年 真珠湾攻撃の爪痕 戦艦アリゾナ 歴史を保存 語り継ぐ
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