なだらかな「永井坂」を上ると、満開の桜と半円形のモダンな窓をもつ建物が出迎えてくれた。
長崎市立城山小学校(当時・城山国民学校)は、昭和20年8月9日午前11時2分に投下された原爆の爆心地から約500メートルしか離れていなかった。熱線や爆風で学校にいた教職員らのほか、児童約1400人も自宅などで亡くなった。
かろうじて倒壊を免れた校舎の一部は「城山小学校平和祈念館」として保存、公開されている。犠牲者の冥福を祈る平和祈念式も昭和26年から毎月9日に行われており、中野孝之教頭は「『平和は城山から』を合い言葉に平和の大切さを次の世代に伝えようと全校児童で取り組んでいます」と話す。
同小の周囲には多くの桜が遺族らの寄贈で植樹されている。永井坂もその一つ。坂の名は、重傷を負いながら救護活動に従事した永井隆医師=昭和26年死去=にちなむ。永井医師は長崎を花でいっぱいにしようと、著書「この子を残して」などの印税を基にして桜を市内各地に贈った。
同小が建つ小高い丘は毎年、今頃になると淡いピンク色に彩られる。人々が桜に込めた平和への祈りに包み込まれているかのように見えた。
さくら2015戦後をめぐる【2】城山小学校平和祈念館(長崎)
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