チューリップ、ビオラ、パンジー…。4月中旬、JR福知山線脱線事故の現場マンション北側に隣接する空き地に並ぶ20以上のプランターには、色とりどりの花が咲き誇っていた。甘いにおいに誘われた1匹のチョウがチューリップの花に止まった。
「チョウが来るなんて珍しいな」
一人の男性がほほえみながらレンズを向けた。
男性は、事故で妻の川口初枝さん=(当時48歳)を亡くした。その半年後から毎月日に欠かさず現場を訪れ、写真を撮る。月命日以外に足を運ぶこともある。「事故現場には本来なら行きたくないし、見たくもない。でも、妻が最後に生きていた大切な場所。しっかりと記憶に残しておきたい」と語る。
結婚するまで幼稚園教諭をしていた初枝さん。男性は幼稚園にこっそりと様子を見に行ったことがある。子供たちと触れ合う優しい笑顔が忘れられない。しっかり者で、結婚後も家計の管理など家のことを安心して任せられた。
初枝さんはあの日、病気の治療のため大阪市内の病院へ向かう途中で事故に遭った。「待ち合わせに来ない」。知人から連絡を受けた男性は「事故に巻き込まれたのでは」と不安になり、当時住んでいた西宮市の自宅から現場近くの病院に駆けつけ、探し回った。対面できたのは尼崎市の遺体安置所だった。
生前、仕事が忙しく、午前6時前に家を出て、午後10時ごろに帰宅する毎日を送っていた。初枝さんと顔を合わせてゆっくり話すことも少なかった。
「もっと話をしていればよかった。『お前はいい女だ』と、なぜ生きている間に言えなかったのか」。後悔と反省が今も胸に残る。
若いころから写真を撮るのが好きだった。結婚前に一緒に行った旅行先、子供が生まれてから家族で出掛けた遊園地。何気ない家族の日常もよく写した。
事故後、思い出を振り返るように、半年かけてすべての写真をパソコンに取り込んだ。データ化した写真は1500枚に及んだ。
そして、初枝さんが「最後に生きていた場所」の移り変わりをこれからも記録に残そうと、毎月現場を訪れようと決めた。
訪れた回数は数百回に上る。平成21年には、西宮市から現場に近い尼崎市のマンションに転居した。「大切な場所だから少しでもきれいにしてやりたい」と、JR西に頼み込んで空き地にプランターを置かせてもらうようになった。歳月の経過とともにプランターの数も増えていった。
現場では、電車が衝突してコンクリートがむき出しになったマンションの壁面と、花が植えられたプランターを写真に収める。そうすることで妻とつながっているような気がする。撮りためた現場の写真は3千枚を超えた。
「人間の記憶はあいまいで、いつかは忘れてしまう。写真を撮ることで一瞬一瞬を残したい」。男性はこう語り、故人への思いを吐露した。
「妻は私の心の中で生き続ける」
(写真は男性提供)
JR福知山線脱線事故から10年 妻を亡くした男性が現場で育てている花の記録
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