終戦の日を目前に控えた10日、戦時中、大本営陸軍部などがあった防衛省敷地内の地下壕などが報道陣に公開された。
昭和17年末に造成され、終戦まで大本営として使用したとされ、陸軍大臣室跡や、食堂跡、通信室跡、通気口跡などが確認できた。広さは約120平米、奥行きは50メートル、高さは4メートルほど。
地下壕の入口はたくさんの車が行き交う靖国通りに面したコンクリートで覆われた斜面にあり、中に入るとひんやりとした空気に包まれ、しみ出した地下水がしたたり落ちていた。天井には通気口があり、外の石灯ろうにつながっていたという。
戦後60年にあたる平成16年に公開されて以来、約10年ぶりの報道公開だったという。
同敷地内の市ヶ谷記念館も公開された。旧陸軍士官学校本部1号館として昭和12年に建設され、昭和21年5月からは同館大講堂で東京裁判が行われ、昭和45年11月には旧陸軍大臣室において三島由紀夫自決の舞台となった貴重な建築。
歴史的価値を配慮して移設が決まり、平成10年に同じ市谷から移設された。旧陸軍大臣室には三島由紀夫がバルコニーに飛び出した窓や、制止を振り切るため、刀を振り回した傷跡などが残されている。
防衛省内の大本営陸軍部を報道陣に公開
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