城壁のような石垣がそびえ、赤茶けたレンガの柱が時の流れを感じさせる。“東洋のマチュピチュ”とも呼ばれる産業遺産「別子銅山(愛媛県新居浜市)」だ。世界遺産への登録を目指す歴史ある建造物を取材しようと東平(とうなる)地区へ向かった。車がようやくすれ違える狭く曲がりくねった山道をゆっくりと進む。.
別子銅山は、元禄4(1691)年に開坑し、昭和48年の閉山までの283年にわたり銅の採掘が行われた。坑道の総延長は約700キロ、深さは海面下1000メートルに達したという。.
展望台のある高台に立つと、鉱石を選別する「貯鉱庫」や「選鉱場」があった索道基地跡が見渡せる。
霧でかすむ山間(やまあい)に、虹のアーチがかかった。取り出したばかりのカメラで、あわててシャッターを切る。
めまぐるしく変わる天候に、虹は消え、霧が深さを増し視界が狭くなる。高台から眼下の索道基地跡に向かった。下から見上げた「貯鉱庫」は、城壁のような威容を誇り、当時の繁栄を物語っているように見えた。
かつて、この地には、社宅や小学校、娯楽施設などが整備され最盛期には、5000人余りの人が暮らしていたという。.
夜、別子銅山の遺構がオレンジ色の照明に浮かび上がった。遠くには街明かりが小さく見える。長い歴史を刻んだ産業遺産が、異国にいるような幻想的な雰囲気を醸し出した。
【撮っておき!日本】”東洋のマチュピチュ”別子銅山~愛媛県新居浜市~
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