木々に覆われた坂道を下ると巨大な壁が谷間に鎮座していた。見上げると、整然と積まれた無数の石垣が空に向かって伸び、その上部が5つのアーチ状になっている。まるでヨーロッパの古城を思わせる重厚なたたずまいに圧倒された。
香川県観音寺市の豊稔(ほうねん)池堰堤(えんてい)。高さ30.4メートル、長さ145.5メートルで、貯水量は159万立方メートル。「豊かな稔(みの)りをもたらす池」になるようにと名付けられた、全国的にも珍しいマルチプル(多連)アーチ式ダムだ。
香川県は古くから渇水に悩まされてきた。このため県内に約1万4000ものため池が造られてきている。この堰堤も、大正15(1926)年に着工された。
「当時は大がかりな重機もなかった。石垣を一つ一つ人の手で積み上げ堰堤ができあがった。私の曾祖父も建設工事に従事しました」と話すのは豊稔池土地改良区の薦田(こもだ)通夫理事長(71)。のべ15万人の作業員のほとんどは周辺の農家が担った。
4年後の昭和5(1930)年に完成。堰堤の上にある石碑には「稲田豊ニ稔リ黄雲穣穣トシテ庶民鼓腹撃壌の楽を得て」と完成当時の喜びの様子が記されている。
毎年7月下旬、豊稔池の水を下流のため池に放流する「ゆるぬき」は夏の風物詩として、多くの見物客でにぎわう。薦田理事長は「ゆるぬきは下流の井関池の貯水量や、天候を見て判断して行うもので、決して観光行事ではない。水は一滴たりとも無駄にはしない」と強調する。
現在も下流の530ヘクタールの水田を潤す豊稔池堰堤。建造から86年たったいまなお、現役の潅漑(かんがい)施設として活躍している。(写真報道局 古厩正樹)
view 水田を潤す“石垣の古城” 香川県観音寺市の豊稔池堰堤
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