真冬の冷え切った三陸の夜。更地に残る一本のポプラが、復興工事を終えた車のヘッドライトに照らし出され、満天の星に浮かんだ。
岩手県大船渡市の越喜来(おきらい)地区には東日本大震災で約20メートルの大津波が押し寄せた。住民67人が犠牲となり、いまだ21人が行方不明になっている。
海から約百数十メートルのところに立つ樹高約25メートルのポプラも8割が海水に浸かった。住民たちは枯れると思ったが、春になると緑が芽吹き、ホッとしたという。その後「ど根性ポプラ」と名付けられ親しまれている。
このポプラはもともと、熊谷隼子(くまがいはやこ)さん(86)が営む、酒店と呉服店を兼ねた「くまとみ」の店舗兼自宅の敷地にあった。隼子さんの母トキハさんが実家から苗木を持ってきて、裏庭に植えたものだという。
25年ほど前、落雷の危険性から住民の間で切ってしまおうという話もあったが、予算の都合で伐採されず生き残った。
今年6月、このポプラを中心とした公園の建設が行われ、年末に完成する予定だ。近隣の元建設業の男性(72)は「各地に残る震災遺構の扱いは賛否両論だ が、この木は生きている、残していきたい」と話す。
隼子さんの店は津波で流され閉店を余儀なくされた。「(ポプラは)昭和8年の昭和三陸地震、同35年のチリ地震、そして6年前の東日本大震災と3度の津波を耐え抜いた。心のよりどころ、生きる力になるんですよ」と隼子さん。
越喜来の歴史を見続けたポプラはこの先も街の復興を見守っていくだろう。 (写真報道局 桐山弘太)
view 3度の津波耐え 堂々と 岩手県大船渡市「ど根性ポプラ」
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