江戸や明治の面影が残る愛媛県内子町。白壁の商家が立ち並ぶ町並みを抜けると、少々異質な建築物が姿をあらわす。中央に張り出すバルコニーは洋風のイメージだが、木枠の窓は町家の香りがする。入り口には「赤穂浪士」や「丹下左膳」など、古い日本映画のポスターがびっしり貼られ、そこには"和"の雰囲気が残る。「森文旭館(もりぶんあさひかん)」ー。平成27年に「ゆうゆう系」として「なかなか遺産」第2号に認定された。
旭館は大正15年、町内の商店主ら11人が7000円の資金を出し合って建設した。舞台を備え、芝居も上演されていたが、次第に映画専門になったという。
正面に立つと、重厚な3階建てに見えるが、裏に回ればトタンに瓦屋根という質素な作り。3階部分に目をこらすと薄い壁1枚の"ハリボテ"の上に六角形の櫓が乗っている。
建物の正面だけを漆喰などで装飾し豪華に見せた。「看板建築」という手法で、大正から昭和初期にかけて流行したという。
現在、旭館を所有するのは、昔ながらの味噌や醤油を作り続ける「森文醸造」だ。社長の森秀夫さん(70)にとって、発起人の1人だった祖父と通った思い出の場所でもある。
「3、4歳の頃に初めて見たのは無声映画。弁士が台をバンバンとたたきながら、物語をすすめ、クライマックスのチャンバラでは太鼓の音が響いてすごい迫力」と当時を語る。
だが、テレビなど娯楽の多様化で昭和43年に閉館を余儀なくされた。最後に上映されたのは「黒部の太陽」だった。
その後、同社の倉庫として使用していたが、老朽化が進み取り壊しも選択肢にあがった。それでも祖父たちが建て、地域の人たちが映画を楽しんだ思い出の場所。傷んだ箇所を修理し、再び映画が上映できるようになった。
平成25年から始めた映画祭は年2回のペースで続く。「使うことが残すことにつながる。重要文化財のような制約もないし」と笑う森さん。入場料が保全の資金になっている。
スターの看板がズラッと並んでいたという昔の映画にならい、使ってなんぼの「なかなか遺産」の壁には、いまも映画のポスターが増え続けている。
なかなか遺産 森文旭館
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