豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた自筆の書状1通が兵庫県豊岡市出石町の旧家で見つかり、県立歴史博物館(同県姫路市)と東京大史料編纂(へんさん)所が7日、発表した。茶々宛ての自筆書状が見つかったのは4通め。茶々が嫌いなお灸を我慢したことを「さすが秀頼のお母さんだ」とほめるなど細やかな気遣いがうかがえ、同編纂所の村井祐樹准教授(日本中世史)は「秀吉の私生活を知る上で貴重な資料」としている。
書状は縦約45センチ、横約50センチで、漢字交じりの仮名書き。本文の前の余白や行間には追伸が書き込まれている。
書状では、高熱に苦しんでいた茶々がやいと(灸)を据えた結果、具合が良くなったことを「満足申すばかりなく候」(たいへんに満足です)と表現。また、さいり(サンマ)を送ったので賞翫(しょうがん)する(味わう)ようにと気遣い、追伸では「さすがお拾(ひろい)おふくろと見え申し候」(さすがお拾=秀頼=のお母さんだね)と持ち上げている。
書状は県と同編纂所が秀吉の文書調査を進める中、昨年6月に発見。独特の書体などから秀吉の自筆と判断した。息子の秀頼が幼名のお拾で記されており、文禄2(1593)年から同5(1596)年ごろまでに書かれたと推定されるという。10月7日~11月26日に同館の特別展で公開される。
豊臣秀吉が側室茶々に宛てた自筆書状発見
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