戦後の新時代を象徴した青春小説「青い山脈」は、作家の石坂洋次郎(1900~86)が秋田県横手市で教鞭をとった経験を反映させており、市内には石坂の記念館がある。映画化された際の主題歌は8年前、JR横手駅の発車メロディーに採用された。東日本大震災の余波で観光客の減った街のにぎわいを取り戻そうと市職員が発案、演奏は当時中学生だった少年が手がけた。映画に主演した女優の吉永小百合さんは「時代の先駆けだった作品。若い人にも読んでほしい」と、世代を超えて受け継がれていくことを願う。 (藤沢志穂子)
「青い山脈」は東北地方の女子校を舞台にした男女交際の顛末を描く。昭和22年に全国紙で連載、同24年には原節子主演の映画が大ヒット、藤山一郎が歌った同名の主題歌(作詞・西條八十、作曲・服部良一)とも広く知られている。
石坂は作家になる前、現在の県立横手高校と同横手城南高校(ともに横手市)で教えており、一連の作品には、その経験や街の風景が反映されている。市内にある文学記念館は昨年で開館30周年を迎えた。
駅メロを発案したのは横手市職員の大友幸憲さん(45)。平成23年の東日本大震災当時は観光物産課に在籍し、観光客の激減に直面、同年秋のJR横手駅の改装オープンに合わせた実施を思いつく。JR側が快諾、選曲では地元のアマチュアバンドがご当地グルメを歌う「やきそばロック」や、主題歌になった映画が、横手市の前身の旧増田町で撮影された「リンゴの唄」が候補に上り、最終的に「青い山脈」に決まる。
メロディー制作では市民コーラスによる生歌が検討された。ただ元は短調の曲で、藤山一郎が歌うと明るいが、コーラスでは暗い印象になってしまうことが判明。そこでヤマハ音楽教室のエレクトーン講座に通い、コンクールでたびたび入賞していた当時、中学1年生の佐藤亮太さん(20)に白羽の矢が立った。
「石坂洋次郎は記念館があるので知っていた。でも『青い山脈』は映画も歌も知らなかった」という佐藤さんも、最初に曲を聴いたとき「短調で暗い」印象を持ったという。「誰が聞いてもその曲だと分かるイントロを使い、最後は長調の和音にして、明るいイメージで終わらせた。エレクトーンはシンセサイザー以上にさまざまな音が出せます」と工夫を振り返る。
駅メロは年配層に好評で「2月のかまくら祭りなどに来た観光客が関心を持ち、記念館を訪ねる人も増えた」(大友さん)いっぽう、高校生など若年層には「古過ぎてよく分からない」(同)といった2通りの反応があるという。吉永さんは「なかなかいいですね。中学生が一生懸命、演奏してくれたのがとてもうれしいし、石坂先生のことを多くの皆さんが知るきっかけになれば」と話す。
吉永さんはこれまで出演した120本の映画のうち、10代から20代にかけて16本の石坂作品に出演。生前の石坂とは「先生であり父親でもあり、切っても切れない」親交があった。過去5回、映画化された「青い山脈」では、昭和年に公開された3回目に主演。「『こんなことまで女性が男性に言うの?』といったセリフが小気味よくて」。「青い山脈」は偽のラブレターが男女交際に波紋を広げていく物語で「あれもある種のいじめ。それをはね返す力も大事だし、女性が力強く生きていく素晴らしさを知りました」。
石坂作品は今ではほとんど絶版となり、先駆けだった内容は、時代が追いついて特別なものではなくなった感もある。だが吉永さんは「青い山脈」が伝える女性の強さのように、作品には今も通じる普遍的なテーマがあり「また蘇るはず」と強調する。
吉永さんはJR東日本のCMとポスターを平成28年11月、横手市の観光名所である「増田の蔵」で撮影した。その際に石坂の文学記念館の存在を知り、お忍びで訪ねた。「場所が遠くて内容も真面目すぎちゃって『人を引きつけるには、もうちょっと工夫が必要』と私のものをいくつかお送りしました」。記念館には吉永さんのサイン、生前の石坂と撮影した写真、石坂の葬儀で読んだ、自筆の弔辞が展示されている。「横手駅にチラシを置くとか宣伝して、もっと多くの人に訪ねてほしい」。
「石坂がこの地にいた、という『宝』は黙っていると廃れてしまう。駅メロが継承のきっかけになれば」と大友さん。演奏した佐藤さんは横手高校を卒業後、秋田大学医学部に入り看護師を目指している。高齢化率が全国一の秋田で、高齢者に寄り添う地域医療に関わりながら音楽を続ける道を選んだ。「病院内のコンサートなど音楽で皆さんを癒やす仕事もしたい」。駅メロの「青い山脈」には、その一端が垣間見える。
【駅メロものがたり】JR横手駅「青い山脈」 世代を超えて語り継ぐ石坂文学
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