エジプトの首都カイロ近郊で首都機能移転に向けた大規模建設が進んでいる。2020年末には大統領府のほか首相府や国会など政府の中枢が先陣を切って「新首都」(ニュー・キャピタル)に移転する計画だ。カイロの人口増加や渋滞、公害などの都市問題を緩和する狙いがあるが、国際機関から財政支援を受ける現状の下、移転の推進には懐疑的な見方もある。シーシー大統領(64)はなぜ、政治生命を賭して巨大プロジェクトを推進するのか。背景とその成否を探った。(カイロ 佐藤貴生)
「新たな世代の街」
カイロ市街から車で東へ約1時間半。砂漠の真ん中に突然、びっしりと立ち並ぶ高層マンション群が姿を現した。新首都の住居エリアだ。1月の寒空の下、作業員はたき火で暖を取りながら重機を走らせ、道路を造成していた。
「私のチームは約2年半で60棟以上を建て終えた」。現場監督のサベルさん(25)が言った。まだ人が暮らせる環境ではなく、新首都の正式名称も決まっていない。
首都機能移転計画はシーシー氏が大統領に就任した翌年の15年3月、国際投資会議で発表され、エジプト政府は16年5月に新首都建設に着手した。カイロ中心部から東に約40キロの広大な砂漠に都市を造る壮大なプランだ。
シーシー氏も「新たな世代の街を創造するのだ」などと意義を述べ、現場にしばしば足を運んで進行状況を見守っている。
プロジェクト担当企業のソリマンさんによると、エジプト軍が同社の株51%を持ち、450億ドル(約5兆円)と発表された総工費は「建設用地の売却」で捻出したという。
シーシー氏や担当企業のトップは軍の出身。自らも同様だというソリマンさんは、「軍は新首都の建設事業を管理、監督するのが主な業務だ」と話したものの、それ以上の詳細に踏み込むのを避けた。
シーシー政権下ではここ数年、国防相や内務相、陸軍参謀総長など軍・治安当局幹部の異動が相次いだ。担当企業の持ち株を考慮すれば同政権が新首都建設で軍を重用して、重要な支持基盤の引き締めを図っているように受け取れる。
軍は全国でホテルやガソリンスタンド、スーパーなどのチェーン展開も行い、幅広くビジネスを手がける。こうした事業の目的として、貧しい人々の暮らしの支援を掲げている。
経済活動の詳細な規模は明らかになっていないものの、こうした軍に連なる組織が新首都建設で恩恵を受け、軍の経済活動が水面下で肥大化している可能性も否定できない。
広がる貧富の格差
エジプトの対外債務は2月現在で約930億ドルに上り、国際通貨基金(IMF)の支援を受けている。昨年には燃料や水道などの料金が値上げされ、インフレ率は10%以上で推移。貧富の格差も広がっているといわれる。
こうした状況の下、新首都建設に伴って軍の経済活動が拡大するようであれば、民間企業の成長を圧迫するといった弊害をもたらしかねない。
カイロ大のサイエド教授は取材に対し、「首都機能移転事業は、その是非を問う国民規模の対話もなしに計画が進んでいる。建設の財源など詳細も不透明だ」とし、国際競争力がある製造業の育成や教育レベルの向上など、ほかに優先すべき課題があると主張した。
教授はその上で、「ナセル氏はアスワンハイダム(1970年開業)を建設し、サダト氏は第4次中東戦争(73年)のときの大統領として国民の記憶に残っている。シーシー氏はこれらの過去の大統領にならって新首都計画を成し遂げ、歴史に名を刻みたいのでは」と推測した。
折しもこの2月、エジプト議会で大統領任期を4年から6年に延長する憲法改正案が提出され、連続2期8年までと定めた規則が撤廃される可能性が出てきた。シーシー氏は現在2期目だが、欧米メディアによると2期目が終わる2022年から新たに2期12年務められるとの見通しが出ており、この方向で議論が進めば、最長で34年まで最高権力者の座にとどまることも可能となる。
シーシー氏が長期在任の実現を視野に入れているとすれば、出身母体で国内に大きな影響力を誇る軍に加え、それを取り巻く企業集団の支持は不可欠だ。軍を重用した上で、新首都建設を是が非でも成功に導きたいと願っていたとしても不思議ではない。
半面、政権と軍の持ちつ持たれつの関係が深まれば、エジプト経済の将来を担う民間の活力を奪うことにもなりかねないという危険性をはらんでいる。
サダト氏の後で約30年間、大統領を務めたムバラク氏は在任中、南部アスワン近郊に運河を建設してナイル川から水を引き、砂漠の中に都市を建設してカイロなどからの移住を促進する大規模開発計画をぶち上げた。しかし移住は進まず、「政府の失敗」として人々に記憶されている。
ムバラク氏の教訓を乗り越えて巨大プロジェクトを成功に導き、自らの権力の長期化に道筋をつけられるか。新首都建設がその過程における重要な一歩だとすれば、失敗が許されないことはシーシー氏自身が最もよく理解しているはずだ。
エジプトの首都機能移転計画 「新首都」の総面積はシンガポールに相当する約700平方キロで、完成時には600万人が居住可能。現在はその4分の1に当たる第1フェーズ(約162平方キロ)の建設が進んでいる。大統領府や首相府のほか国会や各省庁が集まる政府エリア▽中東最大のオペラハウスが建つ文化エリア▽各国大使館が集まる外交エリア▽証券取引所を含む金融エリア-などができる見通し。大学など多数の教育施設に加えて国際空港も建設される。ドイツ企業などの事業参加により、インターネットやIT、太陽光発電など先端技術を駆使した国内初のスマートシティーを目指している。
エジプト政府は人口増加に伴う都市問題の緩和を掲げ、首都機能移転を推進してきた。カイロに「三大ピラミッド」で知られるギザなど周辺の行政区を加えた「カイロ大都市圏」では年々、渋滞が深刻化し、大気汚染も進んでいる。
問題解決のため同国政府に協力してきた独立行政法人、国際協力機構(JICA)エジプト事務所などの資料によると、1960年代中盤のカイロ大都市圏の人口は約520万人だったが、2017年には2380万人と4倍以上に膨らんだ。同じ期間に、自動車台数は人口を大幅に上回るペースで急増。約9万台から40倍以上の400万台を突破したとされる。
渋滞・公害対策として日本の円借款による地下鉄の路線拡張事業も進んでいるが、路線バスの経路にはバス停や時刻表もなく、車両は老朽化している。長期的な都市政策を怠ってきたツケがきている格好だ。
特に深刻なのが、街中の道路をふさぐ青空駐車だ。駐車場の慢性的な不足や余計な出費を惜しむドライバーが多いことが背景にあり、カイロ中心部のアブディン地区はその“名所”として知られる。ウイークデーの午後に同地区を訪れると、車道の両脇にそれぞれ2列ずつ駐車車両が隙間なく並んでいた。車の通行スペースは1台分しかない。
これだけ並ぶと、キーを預かっておき車を出し入れする“管理人”も欠かせない。ここで毎日朝5時半から約12時間、働いているハサンさん(35)は、駐車料として1台当たり5エジプトポンド(約30円)を徴収し、月に最高2500エジプトポンドを稼いでいる。
ハサンさんは取材に、「このあたりの銀行などが新首都に移転するという話もある。そうなったら駐車車両が減って収入にも影響が出る」と話した。こうした職業は駐車の規制に目が届かない政府に成り代わって、各地の市街地で自然発生的に生まれているとみられる。
【特派員発】政治生命かけた首都機能移転 エジプト・シーシー大統領
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