1582年6月、本能寺の変で主君織田信長を討った明智光秀は、京都郊外の小栗栖の竹藪であっけない最期を遂げました。
やがてその遺体は粟田口(あわたぐち)に晒されたといいます。
ここまでが通説なのですが、『実は光秀が生きていた』という説も意外に根強いのです。
大河ドラマ『麒麟がくる』では、生き延びた光秀が馬を飛ばして走り去るというラストシーンが印象的でしたね。
そこで各地に残る光秀伝説をご紹介しつつ、果たして光秀は生きていたのか?その謎に迫っていきましょう。
~目次~
0:00 オープニング
1:29 多くの謎が残る『光秀の死』
4:05 ①光秀の足取り~宇治~
6:12 ②光秀の足取り~和泉国~
9:30 ③光秀の足取り~美濃~
12:30 南光坊天海は光秀だったのか?
13:54 まとめ
~関連動画~
明智光秀最後の日々
https://youtu.be/RqbsTFyeo8A
『麒麟がくる』の登場人物・菊丸(演:岡村隆史)=明智秀満説の考察と史実について
https://youtu.be/Kp7O6yYnunw
明智光秀の腹心・斎藤利三、どこまで本能寺の変に絡んでいた?
https://youtu.be/cDqB8m8k1mM
脚本・監修:歴史じっくり紀行
#歴史じっくり紀行 #明智光秀生存伝説
~明智光秀は生きていた!?~光秀生存伝説にみる戦国ミステリー
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