太平洋戦争で被害を受けながら、戦後80年の今も残る木が全国各地にあります。“戦災樹木”として後世に伝えようと活動する男性を取材しました。
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https://news.ntv.co.jp/category/society/d78fc822b4df4fe7b11cf0c7e3d48feb
東京・浅草寺。
明治大学・菅野准教授
「こんにちは。よろしくお願いします」
明治大学の菅野准教授が案内してくれたのは――
明治大学・菅野准教授
「この木は浅草寺の大イチョウという非常に有名な木ですけども、非常に損傷が激しい戦災樹木になります」
一部が黒く焼け、炭になった木。太平洋戦争の空襲で被害を受けたもので、戦後まもなく撮影された写真にその姿が。菅野さんはこうした木を“戦災樹木”として調査しています。
明治大学・菅野准教授
「航空写真と戦災被災マップを重ね合わせて、その中に目立った緑地・木が実際に目で見ることができるので、そういった物を目標に歩いてみる」
焦げ跡から当時の空襲の被害がわかることも。浅草寺のある木は本堂や門が燃えたときの火力で焼かれたといいます。
明治大学・菅野准教授
「このように片側(寺側)が黒焦げに焼けてしまっている」
さらに――
明治大学・菅野准教授
「この木は浅草寺の敷地のちょうど境界に位置する樹木なんですけども、今度は市街地側の側面が損傷しています。ここでこの木が浅草寺の敷地に火が入らないように食い止めたというふうにも考えられる」
戦災樹木は東京・大田区の池田さんの家にも…。太平洋戦争末期の空襲で家は全焼したものの、周りのケヤキだけが残ったといいます。今も焼け跡が残るこの木に強い思い入れがあったのは戦争を経験した祖母でした。
池田さん
「戦争を越えて頑張って生きているということに対して、尊敬とか畏敬の念があったんじゃないかと思います。残していきたいですね。戦争の生きる証人なりますので」
こうした戦災樹木は全国各地にあるといいますが、課題もあります。この日、行われていたのは木の移植作業です。
明治大学・菅野准教授
「ここが再開発、マンションに建てかえるということになったので」
もともと伐採される予定でしたが、菅野さんらの働きかけで別の場所で保管されることになりました。
一方、愛媛県松山市には手つかずのまま枯れてしまいそうな木が。
明治大学・菅野准教授
「最初はその保存運動みたいなものがあったらしいんですね。それが今ではですね、戦災樹木だったということも忘れてしまってゴミ置き場になってしまっている」
戦後80年、戦災樹木を保存し後世に伝えたいこと。
明治大学・菅野准教授
「この戦災樹木というのは、かなり生々しい焼け跡を持ったまま、うまくすれば、この後数百年ですね、その記憶を残していってくれる可能性があるわけですよね。身近なところで過去の戦争を体験できると感じることができるという意味でも、大きな意味を持つんじゃないかな」
8月30日(土)午前0時25分(金曜深夜)放送『news zero』より
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【戦後80年】戦争を越えて生きる“証人” 戦災樹木を後世に伝える
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