ソ連兵!って感じするよね
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ゲオルグ・シュパギン技師がPPD-1940を簡略化して開発した短機関銃。ソ連軍では『ペーペーシャ(制式名のППШの露語発音 )』、ドイツ軍では『バラライカ(ロシアの弦楽器)』、旧日本軍では『マンドリン(イタリアの弦楽器)』と呼ばれた。
1939年から1940年にかけて発生したソ連のフィンランド侵攻作戦(いわゆる冬戦争)において、 ソ連軍はフィンランド軍が使用するスオミ M1931によるゲリラ作戦に非常に悩まされた。
この戦いで近接戦闘での短機関銃の有効性を再確認したソ連軍は短機関銃の増産を決定、シュパギン技師の開発していた短機関銃を制式採用した。それがPPSh41(Pistolet-Pulemjot Shpagina (Пистолет-пулемёт Шпагина)1941:シュパギン式短機関銃1941年型)である。
取り回しの良さとドラムマガジンによる多弾倉は、同年より始まった大祖国戦争(独ソ戦)において活躍し、大戦期を通じて製造され各地で使用されたため大祖国戦争での代表的短機関銃として挙げられている。
一方のドイツ軍もPPShの使い勝手の良さに、鹵獲したPPShをそのまま使ったり、 改良を施して自軍の9mm弾に対応させた物を使用していた(ドイツ軍採用名称MP717(r))。
なお、マガジンはステンとMP40の2タイプが存在し、どちらもバレル等少数の部品を交換するだけで使用可能となる。
また、ドイツ侵攻による実戦で得られたデータから、戦中に改良が行われた。
フロントサイトガード溶接、マガジンキャッチ変更、リアサイトをタンジェントサイトからL型フリップサイトに変更等々、生産性向上と各部強化がなされている。
ドラムマガジンは、多弾数が魅力であったが、生産に手間がかかったため、本体の生産にマガジンの生産が追いつかず、本体は完成しているのに、配備が出来ないという問題が発生した。
そのため、第二次世界大戦の終盤になると、生産性と信頼性の向上のため、35発の箱型弾倉が作られて供給された。
大戦後、中国と北朝鮮でライセンス生産がなされ、朝鮮戦争、ベトナム戦争にも使用された。
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PPSh-41のメカニズム!! 【実銃解説】誰でもわかる! World of Guns: Gun Disassembly
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