「東京ドキュメンタリー映画祭2021」でグランプリを獲得
たった一通のFacebookメッセージから始まったドキュメンタリー映画
ナレーションは津田寛治
映像作家にして和歌山大学教授の私のSNSに寄せられた「木川洋子を知っていますか」というメッセージ。この不思議なメッセージをきっかけに、私は歴史の波に翻弄された一人の女性の66年にも及ぶ悲痛な思いを知ることになる。彼女の日本名は木川洋子。その母木川信子を探していると。その祈りのような願いの一端を道標に、私は北米に飛んだ。神奈川県横須賀市にある洋子のゆかりの場所から縁者を探し、そして母、信子が終焉を迎えた地、東京八王子までの足跡をたどる長い旅が始まった。
気鋭の映像作家木川剛志の元に寄せられたSNSのメッセージを頼りに戦後の歴史の波に翻弄された混血孤児の数奇な運命を静かな映像で紡ぎ出す圧巻のドキュメンタリー作品。2022年5月CX-TV「奇跡体験アンビリバボー」でも取り上げられ大変な反響を呼んだ。
【物語】
2018年木川剛志に届いたアメリカに住むシャーナという女性からのメッセージ。木川とオンライン上でのやりとりが始まった。シャーナの母バーバラは日本名を木川洋子と言い、1947年に横須賀市で外国人と思われる父と日本人の母の間に生まれた。このような子どもたちは混血児と呼ばれ、敗戦国の日本人には敵国の血が流れる混血児として差別の目で見られ、家族でそのような子どもを妊娠した娘を勘当同然で家を追い出すような、そんな時代だった。
洋子も過酷な環境で育ち1953年米兵に養子縁組され、わずか5歳で渡米した。それから66年、日本に帰る事も母と会う事もなかった。木川信子はシャーナの祖母の名前である。木川という名前で有れば何か知っているのではとかすかな希望に、彼女はSNSで木川を検索し、見知らぬ木川剛志にメッセージを送ってきたという訳だ。かくいう私、木川剛志には横須賀に親族はなく木川信子という名前を当然知らない。和歌山大学に勤める研究者だった私は福井市、和歌山市の空襲を研究し戦災孤児を調べていた。そして私自身は5歳の子供の父親だった。洋子が養子縁組をしてアメリカに渡った年齢と一緒である。何かの縁を感じた。研究者としてできるだけのことがしたかった。こうして私は木川洋子を産んでその後、行方の分からない木川信子の生きた証しを探し出すべく、その足跡をたどり始めた…。
新宿K's cinemaにて11月5日より全国順次公開
#Yokosuka1953 #混血児 #ドキュメンタリー
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66年ぶりの日本、生き別れた母を探す旅/ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』予告編
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