1574年5月。甲斐の戦国大名武田勝頼は、万を超える大軍で遠江高天神城を包囲。比較的傾斜のゆるい、赤根ヶ谷から攻めかけ、西の丸を落とします。城の半分を失った徳川軍は、城兵の命を助けてもらうことを条件に降伏。高天神城は、武田のものとなりました。歴史好きな方なら高天神城の名は、一度は聞いたことがあるでしょう。武田と徳川が何度も争った城として有名です。この城の周りには、家康が築いたと言われるたくさんの砦の跡が残っています。小笠山砦を中心とした各砦には物資の集積、街道封鎖など、それぞれの目的があって、調べてみると「面白い」です。中には、そのあたりの城より、よっぽど大きな砦もありました。これら砦の遺構はとても貴重。なぜなら、この時期に家康が「どのようなことを考えていたのか」を知ることができるからです。家康にとって高天神城は、絶対に奪い返さなければならない城。どのような作戦を考えたのか、現地を訪れて探ってみます。
「高天神城の戦い」海と陸から?家康が築いた完全包囲網の痕跡
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