新潟県上越市。広い水堀に囲まれた公園が高田城の跡です。とにかく圧倒されるのがとんでもなく広い堀。もはや見た目は湖です。本丸にある三重櫓。白い壁と黒い柱が作り出すくっきりとしたコントラスト。控えめな金色の飾りと軒下の細かな白が上品な雰囲気を醸し出しています。この城の城主は徳川家康の6男、松平忠輝。そう、高田城は徳川一門の城なのです。なぜ越後に徳川一門の城が築かれたのか?それは、加賀の前田家に対する抑えだと言われています。これより前(1601年)、徳川家康は次男「結城秀康」を越前67万石の太守に封じ、福井城を築かせます。その後、6男松平忠輝を高田60万石の城主にすることで、当時120万石という最大の石高を誇った前田家を、東西から挟んでしまおうと考えたのです。この家康の作戦が功を奏したのか、大坂の陣に前田利常は徳川方として参陣。翌年豊臣家は滅亡し、260年にわたる泰平の世が訪れることになるのです。高田城は天下の行く末に一役買った城ともいえるでしょう。ところが、現在、高田城の跡に足を運んでも、スゴイ城だった!という雰囲気はありません。「徳川一門の城」という感じが全然しないのです。
【高田城】川をそのまま堀に?湿地帯に突如出現した松平忠輝の大城郭
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