#かいのすけ歴史
長野県に五稜郭があるということなので、行ってみようと思います。
正直、見学者が多くてビックリしました。私は動画の中でできるだけ人物は入れないことを心掛けています。基本的に無人の景色をお届けしたいと思っていますが、そのためには人がいなくなるまでずっと待つ待つ待つです。
五稜郭といえば星の形をした函館のあれです。とても有名な観光ポイント。そんな素敵なものが長野県にもあったのですね。長野の五稜郭「龍岡城」は佐久市にあります。のどかな風景が広がる静かな場所。この日は天気が良く、遠くの山々の様子もくっきり。気持ちがいいです。
江戸時代、この町を治めた殿様松平氏は小さな領主で城を持つことが許されず、居城「龍岡城」は厳密には城ではなく「陣屋」だということです。
龍岡城は幕末に築かれました。箱館の五稜郭と比べ規模はとても小さく、また3年後に完成していることから、なんとなくニセモノっぽい雰囲気もあります。でも実際に行ってみると確かに特徴的な五稜郭の形をしています。こちらも本物なのです。ところで、どうしてこの星のような形の城ができたのでしょうか。
箱館五稜郭や龍岡城は「五芒星 星形要塞」とか「稜堡式」と呼ばれる城です。このタイプは全部星の形をしているのではなく、でっぱり部分の数が4ヶ所、5ヶ所、6ヶ所などいろいろあります。ヨーロッパで考えられたもので、大砲による戦を意識したつくりです。そのため、天守や櫓のような高層の建物は建てないことになっています。大砲の標的になりますからね。そして出っ張りの部分に砲台を設置し、ここから十字砲火することで効率的に城を守る仕組みになっています。守備側からみてほぼ死角がないということで長くヨーロッパで使われました。幕末に徳川幕府は国外の最新築城技術としてこれを採用し、巨大な箱館五稜郭が築かれます。しかし実際にはこのとき使われていた大砲の性能は格段に上がっており、すでに時代遅れの方式だったとのこと。榎本武揚(えのもとたけあき)率いる旧幕府軍が、五稜郭を守り切れなかったのは仕方のないことだったのかもしれません。(箱館五稜郭は未完成部分も多いらしいです。)
龍岡城も幕末の争乱を意識して築かれたのかというと、こちらはそうではなさそう。龍岡城を築いたのは松平乗謨と(のりかた)いう殿様。徳川の分家で三河と佐久に領地を持っていました。このころ三河から佐久へ本拠地の移転を申し出、新しい城を築いたのです。乗謨(のりかた)は幼い頃から蘭学やフランス語、火砲や築城術を学んでいました。その見識の広さから幕府の要職も任された教養人。龍岡城はその乗謨(のりかた)が自ら設計を行ったといわれ、新しもの好きの殿様が「せっかくだから西洋式の城にしようぜ!」ということになったのでしょう。
【龍岡城】日本に2つ!長野の五稜郭 山の上から眺めた姿に感動
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