「逆さ地蔵」が見づらくてごめんなさい!
お城の見どころの一つである石垣。あの巨大な石をどうやって運んだのか、人の背丈の何倍の高さまでどうやって積み上げたのか、あれこれ考えてしまいますよね。そして何百年も崩れないで残っているのもすごいなと感心してしまいます。
その石垣をもう少し詳しく見てみると、使われている石というか積み方というか、いろいろな種類があるのがわかると思います。例えば浜松城の石垣はゴツゴツした大きな石が積まれています。石と石の間には隙間がありますよね。こちらは日本最大の城郭江戸城の石垣。まっすぐに加工された石がきれいに積まれており、石の間には隙間はありません。どちらの石垣がいいとは言えませんが、城が築かれた時代や期間などによって石垣には違いがあるようなのです。
そのなかでも今回紹介する大和郡山城はとても珍しい石が使われている城。なんと御地蔵様が石垣の一部として使われているのです。この城の石垣を築いたのは豊臣秀吉の弟秀長。大和・紀伊・和泉国にまたがる100万石を超える所領を持つ豊臣政権ナンバー2の実力者です。どうして秀長はそのような石を使った城を築いたのでしょうか。今回は「転用石」を使った豊臣秀長の城、大和郡山城を紹介します。
【お城紹介】「大和郡山城」豊臣秀長が石垣の城を築いた理由「さかさ地蔵」は領民の協力の証だった?
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