2022年4月、知床半島沖で乗客乗員26人を乗せた観光船が沈没した事故。
発生から1年となった4月23日、地元の斜里町では追悼式が開かれました。
4月23日午後1時すぎの斜里町内。
古澤 哲也 記者:「斜里町ウトロにある漁港です。観光船沈没事故から1年たった4月23日、雲がどんよりしています。午後1時20分ごろには黙とうのサイレンが響きました」
献花に来た町民:「この一年は家族にとってもつらい毎日で、いまもそう過ごされていると思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
献花台にはたくさんの花や千羽鶴が。
4月24日までに斜里町には全国から2000を超える献花や、メッセージなどが寄せられたといいます。
八木 隆太郎 キャスター「午前10時のウトロ漁港です。1年前、この時間この場所からカズワンは出航していきました。今朝のウトロ漁港は比較的穏やかに見えますが、外の海に目を向けると白波が立っています。春の知床の激しさを感じます」
1年前のあの日、乗客乗員26人を乗せた観光船「カズワン」は知床沖で沈没、ウトロに戻ることはありませんでした。
20人が死亡、いまだ6人は行方不明のままです。
八木 隆太郎 キャスター:「こちらで午後1時から追悼式が行われます。関係者や家族150人が集まる予定です。前方には『私たちは忘れない』のメッセージとともに多くの花が手向けられています」
追悼式には乗客の家族79人のほか、斉藤国土交通大臣など133人が参加しました。
参列者は白いカーネーションを一輪ずつ手向けました。
斉藤 鉄夫 国交相:「監査や検査を行いながら、このような事故を防ぐことができなかったこと。1人も救助できていないことを大変重く真摯に受け止めています」
献花台には町民や観光客らが訪れ、不明者の早期発見を祈りました。
献花に来た人:「まだ6名の方が見つかってないので、早く見つかって家族の方が安心してほしい」
愛しい家族はいまどこにいるのか。
被害者の家族が苦しい胸の内を明かしました。
小柳 宝大さんの父親:「ウトロの海は悲しいですね。本当に悲しいの一言です」
海を見つめる男性。
あの日、カズワンに乗船していた小柳 宝大さんの父親です。
小柳さんは事故当時34歳、カンボジアで働いており一時帰国中に知床を訪れていました。
小柳さんの行方はいまだ分かっていません。
小柳 宝大さんの父親:「素直で正直で明るくて。転勤の度に家族を呼んで観光まで連れていってくれて、カンボジアも連れて行ってくれて。私は何もできていなかったですね」
引き揚げられたカズワンの船内からは小柳さんのカメラが見つかり、小柳さんが撮影した写真が復元されました。
小柳 宝大さんの父親:「最後の連絡が『知床の絶景見てくるね。写真もいっぱい撮ってくる』最後の話を話し通りにしてくれたんだなと思っています」
小柳さんの父親は息子の帰りを待ち続ける苦しさを話します。
小柳 宝大さんの父親:「見つかっていないということは、心の区切りをつけられないですよね。本人が帰ってきていない。お骨の一片も戻ってきてない。なおさらですね。苦しいですよ」
そして、もう一人、家族の帰りを待つ人がいます。
十勝に住む50代の男性。
カズワンに乗っていた事故当時7歳だった息子と、その母親はいまも行方がわかっていません。
乗客の家族:「この海の中に飛び込まなければいけない状況を考えると、どんなに苦しかったろうなとか」
男性は4月22日、ある人に会いました。
これまで行方不明者の捜索を続けてきた、捜索ボランティアの羅臼町の漁師、桜井憲二さんです。
捜索ボランティアの漁師 桜井 憲二さん:「真っ先に見つけてあげたかったが、厳しかった。何ともできなくて申し訳なかったです」
乗客の家族:「本当に感謝しています。ありがとうございます」
5月も捜索を予定する桜井さんは、自らに言い聞かせるようにこう話しました。
捜索ボランティアの漁師 桜井 憲二さん:「海難事故がいかに悲惨かという話ですよね。どこかでけじめをつけなければいけないですよね。家族の人たちには何とかしっかり前に進んで生きていってほしいです」
運航会社の桂田社長はこの1年の節目をどう感じていたのでしょうか。
4月23日電話をかけてみると…。
この日、桂田社長は追悼式には招かれておらず、報道陣に答えることはありませんでした。
悲劇から1年。
カズワンの保管された網走港で献花を行った乗客の家族たち。
一刻も早い事故原因の究明と、行方不明者の発見が待たれます。
「心の区切りつけられない…」知床観光船沈没事故から1年…斜里町で追悼式 被害者家族の苦しい胸の内 (23/04/24 21:00)
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