3月30日に開業するファイターズの新球場、エスコンフィールドHOKKAIDO。
ボールパーク構想から7年、ついに迎える開幕戦。
町の悲願を達成するまでの道のりと、これからの北広島市を考えます。
WBC日本代表 栗山 英樹 監督:「間違いなく、僕の知ってる限り、アメリカの全ての球場を見ても、今度、北海道にできる球場は世界ナンバーワンの球場だと思います」
開幕戦が3月30日に迫る、エスコンフィールドHOKKAIDO。
開閉式の屋根と天然芝を備え、温泉やサウナを楽しみながら観戦できる夢の新球場です。
ファン:「ここから見ても近い!」
さらに外に目をやると、北広島市の再開発も進んでいます。
球場への道が新たに整備され、住所はFビレッジに。
そんなマチの発展を特別な思いで見ている人がいます。
広島町の初代町長 穴田 輝行さんの妻・昭子さん:「日本中に北広島市が広がってびっくりしている。でも嬉しいですね」
スポーツにマチの発展をかけた人たち。
夢のボールパークは北広島の未来をどう変えるのでしょうか。
3月30日に開業を迎える、エスコンフィールドHOKKAIDO。
その場所にかつて野球場や公園を整備する「広島運動公園」の計画が持ち上がりました。
今から50年以上前、1970年のことでした。
計画したのは、北広島市の前身・広島町の初代町長で、2012年に90歳で亡くなった穴田輝行さんです。
妻の昭子さん、いま北広島が注目されることに驚きと喜びを感じています。
穴田輝行さんの妻・昭子さん:「日本中に北広島市が広がってびっくりしています。でも嬉しいですね」
穴田町長は市制の施行をにらみ、1970年代に入り道営団地の整備を進めました。
当時、人口は9000人台でしたが、5年で2万人を突破、10年で3万人台まで増えました。
穴田 昭子さん:「自分で考えたことをぱっとやり抜く人でしたね。考えついたことは即実行するっていう。」
しかし、爆発的に人口が増えたためインフラ整備を優先することになり、運動公園の整備計画は頓挫してしまったのです。
ボールパークは夫の夢を継いでくれたようだと昭子さんは感じています。
穴田 昭子さん:「もうびっくりですよ。あの高いところからもう素晴らしいなと思ってね。もう私も95歳なんですよ。あと2~3年でどのようにマチが変わるかなと思って楽しみにしてます。」
穴田町長が掲げた計画。
想いを引き継いだのが、穴田町長の面接を受け広島町役場に入庁した、上野正三北広島市長です。
八木 隆太郎 キャスター:「あの場所を何とかしたい思いがあった?」
北広島市 上野 正三 市長「それはありましたね。こんな運動公園ができたら素晴らしいっていう思いはずっとありました。誘致活動をやってから7年。当時は長いなと思っていましたけれどよくここまで来たと思っていますす。新たな北海道のシンボルということで、企業立地を進めながら、交流人口を増やす。この街の魅力を知っていただいて、それが結果的には定住人口につながると思っている」
ボールパークの開業を控え札幌のベッドタウンとしても需要が高まり、3月公示された地価の上昇率で、北広島市は上位を独占しました。
市内で35年以上続く老舗菓子店も変化を感じています。
お菓子の安寿真 東 隆史 社長「(マチは)変わってきたなと思います。今まで市内のお客さんがメインだったんですけど、やっぱり市外から、本州の方から、たくさんの方が来て、そこは期待してアピールできるかなと」
北広島とタッグを組んだ、ファイターズの前沢賢さんも、町を変えようと奮闘する1人です。
ファイターズスポーツ&エンターテイメント 前沢 賢 取締役:「今がどうなのかっていうのも、もちろん大事ですけども、今後どうなっていくかということの方が重要だと思いますので、北海道ならびに近隣市町村にプラスのインパクトを、生意気ながら貢献できたらいいなと思いますね。今が百点ではないんで、本当に北海道のシンボルだって言っていただけるところまで。どう妥協なくやっていけるかっていうのが、我々がやらなきゃいけないことかなと思っています」
エスコンフィールドHOKKAIDOの開業はゴールではなく、夢の始まり。
3月30日、マチの歴史に新たな1ページが加わります。
スポーツで発展を"幻の計画"から半世紀…ファイターズ新球場が3月30日ついに開業 変わるマチの未来 (23/03/29 19:45)
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