Q.船木選手、こんにちは。1999年4月18日、横浜文化体育館で行われたエベンゼール・ブラガ戦についてお聞かせください。バス・ルッテン戦に匹敵する壮絶な試合でしたが、もっと評価されて然るべき名勝負だと思います。UFC黎明期さながらの極めて危険なパンクラチオン・ルールを採用するに至った経緯について、第2戦目にして早くもブラガ選手という強豪と対峙することを決断された背景、試合に臨むまでの準備期間、試合中、試合直後に考えておられたこと、心境などを教えて頂けると嬉しいです。ヒクソンとの決闘はブラガ戦の約1年後。対ヒクソンという文脈においてはブラガ戦はどのような意味を持っていたのでしょうか。試合終了後、亡くなった長谷川悟史選手にこの激闘を捧げておられました。このあたりについても触れて頂くことは可能でしょうか。どれだけブラガ選手の強烈な打撃を喰らっても船木選手の決して心は折れず、目は死んでいませんでした。最後まで戦い切ることができたのは、やはり長谷川選手への強い想いに拠るところが大きかったのでしょうか。
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ブラガ戦のパンクラチオンルールは周囲から反対されましたが…(船木誠勝)
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