2025年12月5日。スウェーデン・ストックホルム市庁舎の壁面に映し出されたのは、広島の原爆ドームに…たくさんの折り鶴。
前年にノーベル平和賞を受賞した日本被団協をたたえるプロジェクションマッピングです。
今や、世界で平和の象徴となった「折り鶴」。
◇始まりは70年前 名古屋の女子高校生たちが贈った千羽鶴
広島の平和記念公園のシンボル「原爆の子の像」。女の子が掲げるのは折り鶴です。その足元には、毎年世界中からたくさんの千羽鶴が。
像のモデルは、80年前に2歳で被爆した佐々木禎子さんです。
「千羽折ったら元気になれる…」少女は病室で折り続けた
原爆の後遺症による白血病を発症した禎子さんは、終戦から10年経った1955年10月に亡くなりました。12歳でした。
苦しい闘病生活の中、救いとなったのが病室に届いた千羽鶴でした。
「自分も千羽、鶴を折ったら元気になれる」と、禎子さんは病室で鶴を折り続けたといいます。…この千羽鶴を贈ったのは、名古屋の女子高校生たちでした。
70年前に広島に千羽鶴を贈った“先輩たち”
名古屋市千種区の愛知淑徳高校。
6月。生徒たちと鶴を折るのは、当時千羽鶴を送った当人たちです。
(千羽鶴を折った高橋登代子さん・87歳)
「(原爆症の人たちに)『何か私たちもしたい』という思い…それが鶴だった」
高橋登代子さんは当時のリーダー。
(愛知淑徳高校2年生 左右田真理さん)
「鶴を折るのに、どれぐらい時間がかかった?」
(千羽鶴を折った高橋登代子さん・87歳)
「バタバタバタっと折った。原爆の日に間に合うように」
色紙がたくさん手に入らず、実家の文房具店からセロファンを持ってきた中村順子さん。
(千羽鶴を折った中村順子さん・87歳)
「5色あった。この色とピンクと黄色と赤と…」
家でも折り続けた、杉浦都さん。
(千羽鶴を折った杉浦都さん・87歳)
「一生懸命私が折っているから、『そんなもんばかりやって』と祖母にしょっちゅう言われていた」
今も毎日鶴を折っているという、中村ゆきゑさん。
(千羽鶴を折った中村ゆきゑさん・86歳)
「よいしょ、ほら。これで折ってごらん」
(生徒)
「すごい」
母校の生徒たちに、折り紙を通じて平和を考えてもらいたい。今も、時折学校を訪れています。
◇“大先輩たち”との広島への旅が実現
「実際にまわって気付くこともある」大先輩との広島への旅が実現
7月末、生徒と高橋さんたちは広島へ。
(愛知淑徳高校2年生 小長井紗彩さん 広島・平和記念公園)
「(千羽鶴を贈った)当時の先輩方と実際にまわって気付くこともあると思うから」
この日のために折った鶴を「原爆の子の像」に捧げます。続いて訪れた原爆資料館には、禎子さんが折った鶴が展示されていました。
「めっちゃ小さい」
「絶対治りたい治りたいと、必死になって祈った」
◇文字で埋め尽くされた展示… 学園祭で伝えたかったこととは
9月。愛知淑徳高校の学園祭で、広島を訪れた生徒たちがテーマに選んだのは、佐々木禎子さんと原爆についてでした。
(愛知淑徳高校2年生 小長井紗彩さん)
「夏休み前くらいから準備したので、3か月ぐらい(かかった)やっぱり」
(70年前に千羽鶴を折った高橋登代子さん)
「じゃあよかったね。広島行って」
禎子さんについてのパネルは、字がぎっしりです。訪れた人が、鶴を折る場所も。
(鶴を折った小学生)
「原爆とか悲しいことがたくさんあったから、これからはずっと平和でいられたらいいなと思った」
◇「禎子さんの病室を再現…」受け継がれる平和のバトン
教室の窓辺には千羽鶴が…。
(愛知淑徳高校2年生 前田樹里さん)
「ここにかかってる鶴は、中学校・高校の全生徒が1人1枚ずつ折ったもの。それを私たちが千羽鶴にしました。全部で1500羽ぐらい」
(70年前に千羽鶴を折った高橋登代子さん)
「すごいね。すごいこと思いついたね」
(愛知淑徳高校2年生 小長井紗彩さん)
「窓辺につるしたのは、禎子さんの病室を再現した」
(70年前に千羽鶴を折った高橋登代子さん)
「うれしい。私たちが高校生の時に折った一羽が、こんなになったんだから」
千羽鶴は12月17日、広島の禎子さんの像に捧げられました。平和を願うバトンの折り鶴。確かに、引き継がれています。
CBCテレビ「報道のチカラ2025~戦後80年未来へつなぐ~」2025年12月26日放送より
“平和の象徴”折り鶴…その始まりは70年前に名古屋の女子高校生たちが広島に贈った千羽鶴だった 原爆で亡くなったある少女への思いをつなぐ【戦後80年】
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