戦火のウクライナから出身地の三重県伊賀市に避難してきた女性がいます。
ウクライナの現状を知ってもらおうと、女性が撮影した写真などの展示が伊賀市役所で始まりました。
(キーウから避難した 浅井絵利香さん)
「たくさんの人に助けられて日本まで帰って来ることができた。このスカーフは私が今つけているものと同じもので、実際に私と子供たちが防寒具も兼ねて、避難するときに身に着けてきたものを飾らせてもらっている」
ウクライナの首都キーウから避難した三重県伊賀市出身の浅井絵利香さん(36)。
伊賀市役所では5日から、浅井さんが避難の際に身に付けていたスカーフや現地で撮影した写真など約20点が展示されています。
(浅井絵利香さん)
「2月24日の朝5時ごろに起きていたら、大きな音がして窓の外を見ると、激しい光と一緒にドーンという大きな音がして、戦争が始まったんだなとわかった」
浅井さんは、ウクライナ人の夫と夫の母親、それに2歳と4歳の娘と一緒に、去年3月からキーウに暮らしていました。
軍事侵攻が始まった当初は地下シェルターに避難していましたが…。
(浅井絵利香さん)
「最初のうち、私はもう死ぬかもしれないと死を覚悟していたが、絶対に生きて子どもたちと一緒に伊賀に帰らなければならないと、強く思った」
3月4日、実家のある伊賀市に避難しようと娘2人を連れてウクライナを出発。
列車でスロバキアに向かい、その後、ボランティアの車でチェコへ。
そしてパリ経由の飛行機で日本に到着、出発から実に1週間もかかりました。
キーウには、夫と義理の母が残っています。
(浅井絵利香さん)
「キーウは最初の1週間が(侵攻の)山だったと感じている。今は毎日のようにインターネットが使えているので電話ができている。お父さん寂しいと、ずっと言っているので。もうすぐ会えるからね、寂しくないよと言っている」
伊賀市の支援で4歳の娘は近く地元の幼稚園に通う予定だといいますが、浅井さんは戦争が終わった後も支援が必要だと話します。
(浅井絵利香さん)
「ウクライナは町もインフラ・道路も破壊されている。破片の撤去なども必要なので。日本が世界で一番強く支援ができるのではないか」
ウクライナについて知るきっかけになれば。
浅井さんの撮影した写真や衣服などは4月28日まで伊賀市役所に展示される予定です。
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「死も覚悟していたが」 三重県出身の女性が“戦火のウクライナ”から帰国 避難までの体験を語る (22/04/05 16:48)
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