■曽我ひとみさん 安否不明の母とセーターの思い出
1978年、ひとみさんと一緒に近所の商店に買い物に出かけ、3人の男に襲われた母親のミヨシさん。それ以来、消息が途絶えているのです。当時、46歳だった母親のミヨシさん。朝から農作業をして、昼は工場で油まみれになって働き、夜中まで内職をする…そんな働き者の母だったといいます。
(曽我ひとみさん)「たぶん小学校の5、6年生くらいだったかなと記憶しているんですけど、友達がすごく学校で新しいセーターを着てきて、うらやましいなってすごく思って。お母さんが隠してあったお金を勝手に持ち出しまして」
ひとみさんはこの時買ったセーターを今でも大切に保管しています。
(曽我ひとみさん)「その時ばかりは母親がなぜか怒らなくて、『ひとみが1人で買うてきたんだな』って、『自分が買ってあげられないからかんねんな(ごめんなさい)』と言うんですけど、母親の方が謝ってきて、母親も泣いているし、私もその母親の顔を見て一緒に泣いて」
母・ミヨシさんの行方について拉致の実行犯とみられる女工作員キム・ミョンスク容疑者はこう語っています。
(キム・ミョンスク容疑者)「お母さんは佐渡に帰した。元気で暮らしているから心配しなくていい」
しかし、24年ぶりに帰国した日本に一番会いたかった母・ミヨシさんの姿はありませんでした。
(曽我ひとみさん)「とても会いたかったです」
北朝鮮は、「ミヨシさんは未入境」だとして拉致そのものを認めていません。
(曽我ひとみさん)「一緒に、同じ時間に、同じ場所で拉致をされて、北に入ってきていないっていうことは一体どういうことなんだろうって、反対に私が聞きたいような気持ちですけど…」
ひとみさんのもとには母・ミヨシさんの生存につながる可能性がある情報も寄せられています。
(曽我ひとみさん)「(帰国した)地村さんの話だと、『もしかしたらお母さんが書いたメモかな』みたいな話をされていたんですが、もし母であれば元気でいる証拠になるので、そうであってほしいような、でも違うのかなとか」
【母・ミヨシさんの生存につながる可能性がある情報も…】曽我ひとみさん証言 横田めぐみさんと交わした会話と安否不明の母への想い
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