60代、基礎疾患のない父親を新型コロナで亡くした男性。
当時、大阪は第4波の真っただ中、医療体制は崩壊していました。
「二度と同じことが起こらないようにしてほしい」悲しみに沈む、遺族の思いです。
須田旭(すだ・あきら)さん、41歳。大阪府議会で議員をしています。
先月、父・勇一さん(5月19日 享年68歳)を新型コロナウイルスで亡くしました。
これ両方ともお骨です。田舎が福島のいわき市なので、お墓にも納骨できていない状況です。/お骨で帰ってきましたので、本当に手作りでつくっただけです。メガネとかおしゃれが好きだったので、ちょっと置かせてもらっています。コロナの感染拡大前までタクシー運転手として元気に働いていた勇一さん。あまりにも突然だった父の死をまだ受け入れきれない日々が続いています。
勇一さんの感染がPCR検査で確認されたのは、4月25日。
母・良子(よしこ)さんも同じ日に感染が確認されました。
当初、勇一さんの症状は軽症。基礎疾患がなかったため、須田さんは、脳梗塞を患ったことがある
80代の母親の体調を心配していました。ところが、次の日の夜、勇一さんの体調が急変。
入院先を確保するため、須田さんと勇一さんは保健所に電話をかけました。
しかし・・
「東大阪市はずっと切られます」「しんどいです!38.1に熱が上がってきました」
「パパの方が横になります」「繋がらない」
電話を一晩中かけ続けました。その回数「200回以上」・・・
しかし、結局、一度もつながりませんでした。
今現状、大阪においてコロナに罹患した場合、適切な治療あるいは入院措置が受けられるかどうか分からないという状況くらい、大阪のコロナ治療は逼迫している。
当時、「第4波」のまっただ中だった大阪府内では、1日の新規感染者数が連日1000人を超え
医療がきわめてひっ迫していました。翌朝になって、ようやく電話が繋がりましたが、
保健所から提案されたのは「入院」ではありませんでした。
当時の4月の後半のひっ迫度でいうと父親の症状年齢、基礎疾患の有無でいくと保健所さんの対応としてはたぶん優先度は低かったと思うんで/症状があれば入院・・ということがスムーズにできてたというタイミングではなかったんですよね。保健所から自宅に
「パルスオキシメーター」が送られ血中の酸素飽和度を自分ではかりながら
様子をみることになりました。息苦しくなったら、酸素濃度の値を言えば救急車が来てくれるので
様子を見て自宅待機してくださいとのこと。このパターンが今言われている
重篤でなくなるケースと思っています。ちょうどこの頃、府内の自宅療養者の数が1万2000人に達し、自宅で容態が急変して亡くなるケースが報告され始めていました。
自宅療養を始めた勇一さん。しかし、熱は連日39度まで上がり、オンライン上の診療では
肺炎の疑いありと診断されます。そして、5月1日ついに救急隊員が駆けつける事態となります。
救急隊員の方きてくれて(酸素の数値が)88になったから呼んだよって。よくなおしてやーって。母親のことを心配していたので、母親のことも頼むでって・・父親は言ってましてわかっているわかっているって。とにかく自分の体の方が大事だからしっかり治してっていう話と
救急車に運び込まれたこのときの電話が須田さんと勇一さんとの最後の会話となりました。
勇一さんは中等症患者の治療をする大阪市内の病院に搬送されましたが
容態が急激に悪化しわずか5日後に重症用の病院へ転院となりました。
入院先の医師からは最後の宣告を受けます。先生、エクモはだめなんですか?と申し上げたら、エクモは回復の見込みのある患者さんにしかいま使うように国から台数に限りがあって/お父さんの場合は残念ながらもう使うタイミングでは今ないですというのが今の問いに対しては、はじめて感じた命の選択ってこういうことなんかなって思いましけどね
須田さんが最後に勇一さんの姿を見たのは亡くなる2日前。
2ヵ月ぶりに再会した父は酸素投与や点滴により
顔や体がふくれあがってしまい変わり果てた姿となっていました。
がんばって。旭だよ。~も来ているよ。
声かけてあげてくださいねって看護師さんいってくださいましたけど、なんかもうかけるような言葉も見つからないというか。管だらけで寝てて意識もないでしょうし。久しぶりに会ったというか見た姿がそうだったので、言葉を失うというか。
(カット?)本当に家に帰らないようにしてましたので、逆にこんなことならもうすこし帰ってといてあげとけばよかったかなと思うくらい・・
先月19日、勇一さんは病院のベッドの上で静かに息を引き取りました。
突然の別れとなった父の部屋は今も、当時のまま、残されています。
自身の悲しい経験は、決して特別なことではない。
須田さんは5月31日の府議会で吉村知事に直接、勇一さんの死を伝え、
保健所の体制強化を訴えました。吉村知事からは謝罪と保健所、それに医療体制の強化に
努めるとの回答がありました。
私の父親のケースっていうのは、第4波のある意味象徴的な事件なんだろうなという。基礎疾患がなくて、それほど高齢でなくて、でも入る病院がなかったり、連絡がつかなかったり、家庭内感染が起きたりとか・・いろいろ今この病気が抱えていることを象徴的にあらわしているのかなって思うので、私事にはなってしまうんですけど、みなさんにも少しでも置き換えて考えていただけたらありがたいです。
【コロナ遺族の思い】保健所に電話200回も入院できず自宅療養中に急変
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